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琴音は自分の推理が稚拙なことに気づいていないが、それは彼女の素直さからくることなのだろう。私にはない真っ直ぐな素直さは、琴音の美徳だと思っている。
「でも、そうね。少女ひとりを連れ去ったのだから、犯人は男性だと思うわ」
元気づけるようにそう告げて、私はじっと道の先を見た。吸い込まれるかのように、登校中の生徒たちが校門をくぐっていく。
どくん、と胸が一際高鳴った。指先がじんじんと痺れる。逸る気持ちを抑えるために、ぎゅっと制服の上から胸を掴んだ。
右手側には、先ほどから校庭をぐるりと囲む錆びたフェンスが視界にうつっていた。そのフェンスが、少し先で途切れている。校門である。
もうすぐだ。もうすぐ。
琴音が隣で新しい推理らしきものを語っているが、私には聞こえていなかった。
静かな緊張の心地よさを感じながら、校門をくぐる。私の視線は、寸分の狂いもなく一瞬で「彼」を捕らえていた。
腰まで長い黒髪を首のうしろで一つに束ね、黒いスーツのうえには理科教員らしく白衣を羽織っている。背は高く恰幅はいいが、目の下にある隈と痩せた頬のせいでひ弱に見えてしまっていた。だが、そんなところも可愛いと思うのだ。
「おはようございます」
隣を通り過ぎる際、そっと声をかけた。
「おはよう」
無表情で答える理科教員の視線は、すぐに私から後方にいる生徒に移動する。
「そこ、スカートの丈が膝より上になっている! 今すぐになおせ。そこ、靴下は白と決まっているだろう!」
辺りに響く低いバリトンボイスを心地よく聞きながら、私はこっそりと笑みを浮かべた。
「神楽のやつ、今日も絶好調だな。生徒指導になったのも、生徒をいびるのが楽しみだかららしいぞ」
「そうかな」
「四十歳を過ぎて、母親とふたり暮らしなんだろう? マザコンだという話だぞ。なんだか、気持ち悪くないか」
侮蔑を露わな琴音に、腹が立った。けれど、ここで強気に反論しては私が神楽先生に惚れていることが知られてしまう。知られて困ることはないが、今の私には何もかも明け透けに話せるほど、親しい友人はいなかった。琴音にも言いたくない。申し訳ないという気持ちもなかった。
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