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 耳のすぐ傍で、囁くように武井先生が言う。 「そろそろ、俺たちちゃんとした恋人にならないか? 俺は教師だし、いつも構ってやれないかもしれない。でも、俺はお前だけを愛するよ。覚えてるか? 去年だった。指導に困ってた俺に、一年だった古谷が――」  私は身じろいだ。手を伸ばし、青い花瓶のくちの部分を持って引き寄せる。そして、ぐるんと腕を回して勢いをつけ、武井先生の頭部を殴りつけた。  がしゃん、と心地よい破壊音と、床に落ちる花瓶の破片。武井先生の腕から逃れた私は、破片を踏みつけながらふらふらとする武井先生を、もう一度殴りつけた。  う、と小さく唸ったあと、武井先生はその場に倒れた。殴ったときよりも倒れたときに頭を打った衝撃のほうが強かったようで、覗き込んでも目覚める様子はない。  死んだのかもしれなかった。  私は触れられた身体をそっと払い、じっと武井先生を見下ろす。  心音が高鳴っていくのを感じた。今、学校には誰もいない。ここで私が武井先生をナイフで切り刻んでも、邪魔をされることはないだろう。血が見たい。真紅で魅力的な体液を見たい。甘美な誘惑に、私の喉はごくりとなる。  これまで、他人を傷つけたことはなかった。血が見たくなれば近所の猫や犬を誘拐して解剖するか、自分の腕を切りつけて流れる血を堪能した。けれど、いつだって見たいのは「ヒトの血」だった。  愛した者にしか、興味がないと思っていた。実際、もしここに横たわっているのが武井先生ではなく神楽先生なら、私は欲望のままに迷うことなく切り刻んでいただろう。  ここにいるのは武井先生であり、私は彼を愛してなどいない。  なのに――なのに、どうしてこんなにも胸が熱いのか。今すぐにでも、柔らかい皮膚を切り裂いて、白い脂肪を滲ませるようにして溢れてくる血が見たい。腕や胸、首、足、瞼、そして目玉。あらゆる部分を切り裂き、どのように血が流れるのか観察したい。  ごくりと喉が鳴る。  私はしゃがむと、床に散らばっていた花瓶の破片を手に持った。そっと武井先生の頬に滑らせれば、糸を引いたような赤い線が浮かび上がる。  もう、欲望を抑えることなど出来なかった。  ぐっと力を入れて破片を持ち直し、武井先生の瞼に破片を当てる。 「やめておけ」  低い、バリトンボイスが静寂を崩す。  ハッとして振り返った私の視界にうつったのは、神楽先生だった。白衣は着ておらず、手には車の鍵らしきものを握っている。
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