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「今日はばたばたと忙しかった」
第五教室で、神楽先生が椅子に凭れながら辟易した様子でそう告げた。
今朝は緊急朝礼もひらかれた。ということは、それより遥か前に職員会議があったということだ。生徒の保護者からも、いくつも問い合わせがあっただろう。教師側の忙しさは半端なかったはずだ。
「お疲れ様です」
「きみも、昨日は事情聴取を受けていただろう」
「はい。武井先生に関することは、包み隠さず正直に話しました」
「それがいい」
「……でも、先生。どうして、あのとき職員室に来てくださったんですか?」
おかげで私は、傷害事件――もしくは殺人事件――を、起こさずに済んだ。今から思えば、武井先生ごとき人物を傷つけた罪で一生を台無しになんかしたくない。
神楽先生なら、別だけれど。
私の視線を受けて、神楽先生は口元をつり上げた。
「メールを寄越しただろうが」
「はい。教室で待ってます、ってメールですよね。送りましたけど、先生はもう帰宅したあとだったんじゃないんですか」
「ああ。帰りの車のなかで気づいてな。急いで、戻った」
「戻ってきてくださったんですか!」
「おかしいと思ったんだ。放課後になってすぐならばわかるが、もう生徒は完全に下校している時刻だっただろう」
それはつまり、私を心配してくれたということだろうか。そうだと思いたい。いや、そうだと信じる。
うっとりと神楽先生を見つめていると、ふと、神楽先生は苦笑した。
「きみに、興味が湧いた」
「……私に?」
「あのとき。きみが、武井先生の目を傷つけようとしたときだ。きみは、恍惚とした顔をしていたぞ」
そう言われて、大きく目を見張る。
あのときは、欲望が大きすぎて自分でも自制できていなかった。ただ目の前のヒトを傷つけて、赤い血を流したい。それだけを考えていた。
「私も、犯行に及ぶときはそういう顔をしているのだろうか」
「先生の、恍惚とした顔が見たいです。私のこと、傷つけてもいいですよ?」
「……そうだな」
そう言うと、神楽先生は懐からカッターナイフを取りだした。それをくるりと回し、柄部分を私に向ける。
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