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しょせん、その程度の付き合いなのだ。私は、誰とも親しくはならない。なぜならば、誰も私を理解してくれないからだ。
昇降口で靴を穿きかえて、二階にある二年の教室へ向かっていると。うえのほうから、複数の生徒のざわついた声が聞こえてきた。なにかあったらしい。事件が大好きな琴音は瞳を輝かせて、私をおいて駆けだした。
琴音を見送ってから、私は自分のペースで教室へ向かう。途中で、新しい知らせがないか掲示板をちらりと見てから、教室のほうへ視線を向けた。
「あら」
思わず、ぽつりと呟いた。
私が所属している二年B組の教室の前には、人だかりが出来ていた。人だかりには別のクラスの生徒も混ざっており、余程のことが教室で起きているらしいと察することができる。
私は、好奇心の類いは何も感じなかった。人だかりを前に、どうやって教室に入ろうかと思案する。結論はすぐに出た。人の波が去るまで廊下で待とう。
廊下の隅にそっと移動して読書に勤しもうと鞄をひらいた。けれど、読書タイムに入る前に琴音が人垣を掻き分けるようにして戻ってきた。
「ひな、大変だ。すごいことになってるぞ」
「……すごいこと?」
くどいようだが、私はそのすごいこととやらに興味はない。美女が身体中に杭を刺し、流れる血が湖畔の水面のように緩やかに波紋を広げているというのなら、人垣を掻き分けて見に行くけれど。
自分自身の想像に、あらそれ素敵、と胸中で微笑んだ。
「いいから、こっち」
琴音は私の腕を引いて、人だかりのなかを突っ切った。あっという間に教室のなかに入った私は、「まぁ」と思わず声をあげる。たしかに、これはすごい。というか、奇妙だった。
教室には数人の生徒がいた。私たち同様、遠巻きにそれらを眺めている。
「ね、すごいだろ?」
なぜか得意げな琴音の言葉に、私は黙って頷いた。
教室には、生徒用の机と椅子が列をなしているものだ。昨日の放課後、教室を出るときにはたしかに普段通りの位置だったはずだ。なのに、今目の前にある机と椅子はすべて、その場で裏返しになっている。つまり、さかさまの状態で鎮座しているのだ。
「机と椅子が裏返ってるの、この教室だけらしいよ。今、男子が武井を呼びにいってる」
「先生がわざとこのかたちにしたんじゃないの?」
「さぁ、武井がきたらわかるんじゃないか」
確かにそうだ。ならば、早々に自分の机だけ元にもどして席につくのは、よろしくないだろう。何気なく自分の席をさがした。やはり、私の席も裏返しになっている。机のなかに入っていた教科書たちが無事だといいけれど。
ぴちゃん、と教室で飼っている金魚が元気よく跳ねた。何もなかったかのような顔で泳ぐ金魚たちの濁った水槽を見つめていると、担任の武井先生がやってきた。教室内を見るなり大きく目を見張って、驚愕を露わにする。
「なんだよ、これ。誰がやった?」
「朝来たらこうなってました、俺第一発見者です」
と、意気揚々と手を挙げる男子生徒がいた。クラスでも秀才の部類に入るが地味なその生徒は、普段の大人しさからは考えられない饒舌で、朝一番に教室に来たときのことを武井先生に報告した。
武井先生は、二十代後半の若い男性教員だ。担当は数学。この学校に赴任してきてまだ日が浅く、私のクラスの担任を受け持ちながら、一年生の一部のクラスの数学も担当しているという。
授業のわかりやすさと見た目の好青年さも相成って、生徒(特に女生徒)から絶大な人気を誇っていた。
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