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 その日も、私はひとりで深夜に散歩をしていた。時間はだいたい、二時から三時ごろだったと思う。家々の明かりも消えた住宅街を過ぎ、堤防を歩き、墓地に隣接する森林まで行く。身体は軽かった。初夏のじんわりと汗ばむ気温も、この時間になると朝の清々しさが混じって心地がよいのだ。  私の散歩ルートは日によって気分で変えるが、基本は墓地まで歩くことにしていた。  住宅街では人とすれ違うこともあるけれど、墓地まで行くとひと気が完全にない。私の憩いの場である。けれどその日、墓地の傍に見覚えのある車が止まっていることに気づいた。黒い普通自動車だが、どこかで擦ったのか右側後方に擦り傷があるのだ。それに気づいた私は、すぐに車のナンバーを確認した。  その車が神楽先生の車かどうかは、半信半疑だった。ナンバーはぼんやりとしか覚えていなかったし、車内を確認したことなどなかったから。 「私、墓地に止めてあった車を見て、思ったんです。こんな夜中に、誰がなんの用だろうって」  ヤリ場のないカップルが、えろっちいことをしているのかもしれないとも思った。けれど、この車がもし神楽先生のものだとしたら、神楽先生は一体ここでナニをしているのだろう。  もしかしたら。  もしかしたら――死体を隠しているのかもしれない。  そう思うのは、自然なことだった。この墓地隣りの森林では、以前も白骨遺体が発見されたことがあったから。 「私は、車の持ち主が歩いただろう道を、辿りました」  見つからないように、慎重に。なんの準備もなく雑然とした森林に入ったものだから、靴はあちこち汚れて擦れ、着ていた服は枝に引っかけて破れた。肌も切れて血が出たので、指先でぬぐって舐めた。  自分の血を味わいながらたどり着いた場所は、大木の下にある少しひらけた場所だった。大木に栄養を吸い取られているのか、それともここだけ陽が当たらないのか、根っこの辺りの草はさほど長くない。  そこに、神楽先生がいた。  神楽先生の向かい側には、口に詰め物をされた十歳から十三歳くらいの少女がひとり、恐怖の表情を浮かべて震えていた。  大木の下に立つ神楽先生は、小型ノコギリを握っていた。そのノコギリで、少女の身体を少しずつ切りつけていく。肌を傷つけてはじっと眺め、またその下に傷をつける。それを繰り返し、少女の腕や脚はもちろん、顔まで切りつけていった。神楽先生の表情は見えなかったが、構わない。そのときの私は、先生に興味などなかった。  私の目は、月光という木漏れ日の下で真っ赤な血を流す少女に釘づけになっていた。  今でも、思い出すと興奮が身体を静かに制圧する。  隠れていた茂みから飛び出して、少女の身体を舐め回したい衝動にも駆られた。 「例の少女遺体遺棄事件の犯人は、先生ですね」 「……なぜ、それを直接僕に言う? 警察に言えば、それで丸く収まるだろう」
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