【2】

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 小学二年生のころ、公園に遊びに行く途中で車に轢かれた子犬を見つけた。頭が割れて、梅干しの果肉のような脳の一部が溢れている。桃色をした白子のようなものも飛び出ていたが、それよりもつぶされた腹からどろりと顔を覗かせていた腸が気になった。腸はコンクリートの地面に広がった血の海のなかで、たった今生まれた赤子のようにも見えた。  私は、臓物や脳を子犬のなかに押し込むと、子犬の死体を抱き上げた。そして公園に掛けこみ、つつじの植木の隙間を縫って桜の木の下に子犬を置いた。  私は公園に行くたびに、この「秘密基地」で過ごしていた。大きく茂ったつつじが辺りを囲っているので、人の目はここまで届かない。虫が多くヘビも稀に出るので、この「秘密基地」周辺は人々に敬遠されていることも知っていた。  新しい玩具を持ちこんだ私は、じっと子犬を観察した。両手でぱっくりと割れた脳を探り、硬い頭蓋骨やしっとりとしたマシュマロのように柔らかい内臓を掴む。興味本位の行動だったが、何より私の興味をそそったのは、手にこびりつく濃度の高い血液だった。  自分の手が真っ赤に染まるさまに、自然界の息吹のようなものを感じたのを覚えている。  一通り子犬を調べた私は、子犬の頭部を左右に引っ張って、顔をふたつに分けた。そして切れ目に指を通し――子犬の顔の皮を丁寧に剥いでいった。 そこまで語った私は、向かい側で足を組んで座っている神楽先生に視線を戻した。恥ずかしくなって、口元に手を当てる。 「ごめんなさい、私ばかり話してしまって」 「いや、話が聞きたいと言ったのは僕だ。きみは、こちら側の人間のようだな」  こちら側、という言葉の意味が正しく理解できた。神楽先生と同じだ、と思うと胸の奥がぽっと温かくなる。  開けた窓から、カーテンを大きくはためかせるようにして風が教室へ飛び込んできた。運動部の生徒たちが何か怒鳴っているが、どうでもいい。放課後の第五教室は、隔離された秘密基地のようで、どこか現実感に欠ける。幼いころ大切にしていた、公園の秘密基地を彷彿とさせた。  校舎の四階。昼休みに桃田たちに連れてこられた場所からさほど離れていない場所に、第五教室はある。いわゆる物置の一つだが、ゆったり過ごせるように棚の配置を変え、椅子と机を持ちこんであった。
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