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第一章 七頭と暮らすモテない青年
とある東京の下町、“くすのき町”。そこにに親子二代に渡って運送業を営んでいる一家があった。
会社の屋号は「わんわん宅配便」。ずいぶんとふざけた名前だと思われがちだが、これが意外に覚えやすい、と評判だった。
この会社を立ち上げたのは一代目の社長、藤山昇氏である。お人よしで少し気の優しいところがありすぎたせいか、気苦労が多くて早逝してしまった。で、その後を継いだのが昇氏の息子、徹なのだ。長男で一人っ子だったせいか、随分と自由過ぎる性格の持ち主である。
「なーんかさぁ…今日はやる気がぜーんぜん出ないっていうかねぇ」
徹は事務所のイスに深く座って凭れ、足を机の上に投げ出している。
「ふんっ……やることやってからそういうセリフは言うもんだろう?…ったく」
彼の周りには七頭の犬が寝そべっている。いろいろな犬種が混ざってはいるが、この犬たち、何故か人語を理解し、話せるのだが、敢えてこの物語がフィクションだということで、そこは突っ込まないでもらいたい。とりあえず、徹が特殊能力を持っている、ということにしておきたい。
「そんなこというけどね、一太郎。人ってさ、ヤル気を起こさせる、なんかこう…きっかけっていうか、エナジーが欲しいわけ」
「貴様はただの助平なだけであろうが…」
「…ったく、わかってないのね。助平も仕事のモチベーションを上げる力があったりするのに!」
七頭の犬のリーダー的存在である一太郎は、そんな徹に始終呆れていた。
「やれやれ……先代が草葉の陰で泣いておるぞ…」
わんわん宅配便には徹や七頭の犬である一太郎、次郎、三郎、四郎、五郎、ムツコ、ナナのほかに従業員が数名いる。犬の名前はご覧のとおり、かなり適当に付けられている感は否めない。
「センパーイ!只今戻りましたよ。で、頼んでおいたトラックの車検の決済、許可してくださってますよねー?」
さっそく事務所に帰ってきて早々徹に詰めよっているのは、彼の大学時代の後輩である、武蔵大輔だった。既に就職先が決まっていたにもかかわらず、先代が亡くなったあと、徹に強引にこの会社に引っ張られた…という、パワハラに負けた少し気の毒な彼である。
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