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「んー?決済?別にオレの許可ナシでやっちゃってくれてもよかったのに…」
「そういうわけにはいかないんです!…ったく、先輩はすぐ仕事をさぼることばかり…」
有難いことにこの武蔵という男は、徹にとって幼少の頃に亡くなった、彼の母親代わりに匹敵するほど世話やきで口うるさかったりする。おかげで徹の代でとっくに傾きそうなこの会社も、何故かここ最近の業績がよくなっていた。
「不景気なのにご贔屓さんが増えて有難いことだな、徹!」
一太郎が喝を入れるように吼えた。
「ま、それに尽きるね」
すると、事務所の外で大型車のエンジン音が聞こえてきた。長距離便のトラックが帰ってきたらしい。トラックのコンテナ側面には、トレードマークのブルドッグのイラストが施されている。
「よぉ、トオルー!今帰ったぜ」
「お疲れ、東。頼まれてたマネキン20体、ちゃんと届けてくれた?」
「おう。荷物のあげおろしでこっちは神経遣ったぜ…。ボッキュン・ボッのマネキンばかり運ぶのはいいが、簡単に指とか折れて傷がついちまいそうだったからな」
従業員の東行夫は“仕事の後の一服は美味い…”といいながら、煙草に火をつけた。
「お前は気楽でいいな、トオル…。近所のバァさんたちが噂してたぜ?“運送屋の若旦那はグダグダの変人だ”だってよ?」
東はその時のことを思い出しながら必死に笑いを堪えている。つられて、武蔵も頷きながら笑った。
「あーのーねー、二人してオレをバカにするの、いい加減にしとけよ?オレだってね、やるときはやるの」
現場第一主義なんだから。
徹はツナギの胸ポケットに刺繍された、ブルドッグのロゴマークを手の平でバンッと叩いてみせる。すると、さらにそこへもう一台、トラックが帰ってきた。
スキンヘッドに傷だらけの顔のドライバーが、厳つい顔で徹に向かって事務所の入り口で手を挙げた。この男の名は山野響。徹とは歳が近い。
「響も帰ってきたね、お疲れ」
「お前は相変わらず暇そうだな、徹」
「やれやれ…うちの従業員たちはいつになったらオレを社長と呼んでくれるのやら」
「そう呼ばれたかったら、オレたちにちゃんと尊敬されるような仕事をしてみろ!で、突然だが、引越しの依頼来てたぞ」
響は伝票をひらひらさせながら、徹に手渡した。
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