第十一章  大魔導師と妖精と 

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第十一章  大魔導師と妖精と 

 魔王の城は混沌の世界に在った。それは、人の目には見えぬ世界。しかし確実に人間の住む世界もろとも支配しつつあった。  百年以上前に勇者と呼ばれる者が魔王を封じ込めた。尊い仲間とともに。勇者もその仲間も、ただの人間であったけれど―普通の人間より少し力や才能があっただけでさほど能力の変わりのない者達だったが―明らかな違いとして彼らは決して勇気と希望を捨てなかったことである。  しかし封じ込められた魔王はゆっくりと、復活した。  そして新たに魔界は魔界で繁栄を極める。 …ただ、その間はまだ人間界と魔界と妖精の世界と三位一体で均衡が取れていたので、さほど大きな問題にはならなかった。  ところが現魔王は違った。再び百年前の混沌に満ちた世界を復活させるために、過剰支配をしつつあった。  彼の二人の息子に…一人は妖精の世界を、もう一人は人間の世界の勇者の末裔を挫くように命を出した。皮肉にも、その命によって勇者の復活を促してしまったことで自ら首を絞めるようになるとは知らずに。 ―それも運命(さだめ)だったのか?伯父上…。 リスナーは黒い繭の中からひっそりと目覚めた。 ―傷を癒すのに結構な時間がかかったな…。 我が父は躊躇いもなく妖精の城を攻めたが。妖精たちは自ら城を護るために力を開放して 何人たりともの侵入を許さないようにした…。しかしその代償は大きかったのだ。 五大元素の神を護る力も弱まったから、いとも簡単に魔王配下の魔物たちが取りついたのである。 ―それだけでも我々魔族からすれば大きな働きだったと言えるが― そして今、 「傷はもう癒えたのですか兄上?」 ディーダが薄く笑いながら彼に言う。 数年前手始めに、ディーダは魔法国家である人間界の国を壊滅状態にまで追い詰めたが、 封印の鍵の一人までは討てなかった。しかし、その者が魔法も詠唱すらできなくなるほど追い詰めたので甘く見ていたと言っていた。 「でも、却ってよかったかもしれないですね。勇者を餌にどんどん虫ケラどもが集まってきてるのだから…。」 ―我々魔性は人の心を操るのはたやすいこと。特に怒り、嫉妬や負の感情に付け入ることは赤子の手を捻るより簡単なことだ…。 「兄上も勇者に情けをかけてこのような目に遭ったのですからそろそろ決定打を撃たないとまずいのでは?」  ディーダは、鬱陶しそうに右目に掛かった銀髪を耳朶に掛けて、リスナーを見た。  少しの間を置き、フッと薄く笑うと彼は跳躍をした。 「そんな愚鈍な兄上より先に…私は討ちに参ります…。再び今、勇者がいるというスフィーニへ!」  そしてディーダは外套を翻し、黒い猛禽と化してこの混沌の世界である魔界から飛び立って行った…。 ******************* スフィーニに着いてから、一日があっという間だった。今はもう夕方だ。  私は久しぶりの個室をあてがわれ、ベッドの上で微睡んでいる。 ―色々なことが頭に入ってきて、疲れた…。 シンプルな客室。高級宿屋よりも質のいい寝具。リーディが王子で、だから周りには従者の方や色々な人がいて…。  やっぱり仲間と一緒にいる時のリーディとはちょっと違う。少し遠くに感じられる。  ぽすりと枕に顔をうずめると、気持ちの良い綿の肌触り。  そういうモノに自然と囲まれて彼は育ってきたんだ。だからダンスも踊れるし、立ち振る舞いも洗練されているのか。それだけじゃない。あんなに口が悪くても決して下品にならないのはどうしてなんだろうと不思議に思っていた。 そして少し上から目線の口調も王子様だとわかったら腑に落ちる。 ―王族…かぁ。  何度も思うのだけど、自分もそういえば王族だといわれてもピンと来ない。あたりまえか。  だって私はムヘーレス大陸で育った町娘だし。ダンスは踊れないし…。音楽の教養もあまりない。ただ、母は私を少しずつ、自分がそういう環境で育ったせいなのか  私が知らないうちに躾けていたんだなって気が付いたことがあった。  お昼の会食を、円卓で魔導師3名と私たち仲間5人とプリオール老師と王女様(うーん呼び慣れない)で頂いたの。いわゆる形式ばったテーブルセットが置いてあって、コースでいろいろお料理が運ばれてきた。  まずオードブルが出てきて、私はカクテルフォークをおもむろに持って、静かに小エビのカクテルを一口大に切って、口に運んだ。 その時フィレーン王女、セシリオさん他魔導師の方2人が私を見て半分驚いて、もう半分納得したような反応をしたんだ。老師は当然といった風な感じでいたけど。  私はちょっと気になったけど、知らぬふりをしてゆっくりと食事をいただいていた。 そしたら、隣に座っていたメイがこう言ったんだ。 「あんた、ずいぶんきれいに食べるんだね?」  って。 「きれいにって、まだお皿に料理が残ってるよ?」 「違うって、食事の仕方がきれいなんだよ」  それで、ああと思った。 母さん、食事のマナーがすごく厳しくて。 うちはあまり裕福ではなかったけど、シルバーセットだけは一揃いあって、 小さいころから練習させられてきたことを。 母さん、今思うと一国の姫として娘の私には最低限の立ち振る舞いを躾けておきたかったんだろう。当時は凄く嫌だったけど、感謝したわ。でも、皆が見たからちょっといたたまれなくなって、視線を少しずらすとリーディと目が合った。あいつも少し見とれていたような感じだったけど、目が合うや否やすぐに意地の悪いニヤケ顔になった。
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