第十一章  大魔導師と妖精と 

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 俺はゾリアと話をそこそこに切り上げた。 日が暮れる前に行きたい所があったからだ。スフィーニは今、爽やかな初夏になったばかりでまだまだ日が長いとは言えども、あと数刻で夜になってしまう。 久しぶりに移動呪文を発動しようと良さげな場所を探した。  中庭が一番良さそうだなと目星を付ける。 するとこの時間あまり通らない中廊下から一つの人影が見えた、誰だろうと思ったら…。 「あ、リーディ」  俺は着替えていたのですぐには気が付かなかったようだが。  気が付くや否や、銀の髪のポニーテールを揺らしながら速足で近づいてくる。うなじが艶めかしい。レオノラとの一件があってから、こいつに触れたくて堪らない。 「何してんだ?」  そんな思いをおくびにも出さずに、俺は淡々と訊く。 「…散歩。」 …少し目が泳いでるぞ、ステラは嘘が下手だ。 「ははーん、お前城の中で迷っただろ?」 俺はつい癖で、意地の悪いニヒルな笑いをしてしまう。 「ち、ちがうわよ!」 図星だな。まぁいい。 しかし不思議だよな、こいつフィールド上での方向感覚はずば抜けていいのに。人工的な建物は迷いやすいのか?わかりやすい奴なのかと思えばたまに裏切られる時もある。 「…まぁいいや、とりあえずこっち来て」 俺はステラの手を取る。やっと触れられた気がした。少し心臓が高鳴る。まだ自分から触れる分には幾分マシだけど。これから行く所は、ステラもいつか連れて行きたかった場所だ。 「ちょ、ちょっと?」 ステラに構わず中庭の芝の上に連れてゆく。 「ちょい付き合ってほしい場所があるんだ。とりあえず俺の腕に掴まれ。」 ステラは不思議そうな顔をして俺を見る、そうだよな。唐突だし。だけど、戸惑いつつも頷いて、そっと俺の腕に腕を絡めた。やっぱあっちから触られる方が心臓に悪いかも。 しかし顔にはそれを出さずに俺は再度言う。 「しっかり掴まっていろよ?絶対離すな?」 「わかったわ。」 素直にしがみつく。いや本当に移動中に万が一、術者から離れたら時空のはざまを 彷徨うことになるから、シャレにならないんだ。   俺はその感触を確認して移動呪文を唱えた。ステラの、「きゃっ」という驚きの声が聞こえ、俺たちの姿は一瞬で飛んで行った。 シュウウウン… 目の前が光で真っ白になったかと思うと足元の感覚が違うことに気が付いた。 ふさふさした…草の感触?さっきの芝とは違う。薄目を開けると、 さわやかな風を感じる。目の前に見えた色は一面のピンク。 「え…??」 「着いた。」 リーディが一言つぶやく。 そう、そこは一面の花畑だ。ざっと数十ヘクタールはあるだろう。 「すごい…なんてきれいなの…。」 「もう夏になるころだから花は終わっているかと懸念していたけど、そうではなかったみたいだな」 「初めて見る花だけど…かわいい…。」 私は思わず顔をほころばせた。 「ラナンキュラスっていう花だ。」 「そうなの?」 幾重にも重なっている花びらをつつくと、ぽよんと揺れる。 「摘むの手伝ってくれないか?」 「え?あぁ、いいわよ。」 でもどうして花なんて…? 「明日咲きそうな蕾のもの入れて10本くらいかな」 「うん。わかった」 私は言われた通りなるべくきれいで、大きく咲いているものと明日咲きそうな蕾を選別して摘み始めた。 「…妹が好きだったんだ。この花」 「妹?」 「ああ、言ってなかったよな。俺姉だけでなく妹もいたんだ。」  「そうだったの」 でもきっと初めてその話をしたってことは、やはり昔の襲撃で…。 「…。」 私はあえてそれ以上訊かなかった。訊くまでもなくきっとそうだから。そして私は言われた通り10本のラナンキュラスを摘み終えた。 「リーディが家族のことを話してくれるなんて珍しいね。」 「…そうだな。」 「だからだったのね。」 「?」 今度はリーディが私の顔を不思議そうに見る。 「私の髪結ってくれたじゃない?すごく手馴れてて、上手だったから。妹さんに結ってあげてたんでしょ?」 そう言って私は少し背伸びして、可愛く咲いたラナンキュラスのひとつをリーディの髪に飾った。 「ふふ、あんたの金髪、サラサラでホントに綺麗。」 迎え傷や、男性の骨格でなければ、本当に女の子みたいに綺麗だわ…。私の微笑んだ顔が、あいつの碧い瞳に映る。 切れ長の瞳が少し驚いたように見開いたから。そして、髪に触れていた私の手に、彼は上から包むように自分の手を重ねた。 「切ろうかと思って。」 「え?」 重ねた私の手の指を絡ませて,リーディは言った。心臓が再び高鳴る。剣を扱っているから彼の手は一見魔導師の繊細な手に見えるけど、 意外と大きくて、指は長いけど関節は太い。 「切っちゃうって…。」 「もともと旅に出るまでは短かったんだけど、すぐ伸びるから面倒だったんだわ」 「えー…不便だからやめて。」  嘘、本当は綺麗だからやめてって言いたかったのに。恥ずかしくて言えない。 髪綺麗だねって、そこまでは素直に言えるのに。 「不便ってなんだよ」 「あんたを捕まえる時のしっぽがなくなるのがねぇ…。」 そう、私…たまーに彼の結んだ髪をちょいと引っ張るときがあって。 「おいおい。」 苦笑するとリーディは言い続けた。 「じゃぁ、そろそろ城に戻るか…。」 絡ませた手をしっかり握りしめて。もう片方にはそれぞれラナンキュラスの花束を持って。 「…そう言えばここは何処なのよ?」 「城はあっち」  視線の先彼方にスフィーニ城が見える。遥か十数里先だ。  ここは小高い丘で、ちょうど目下に城を臨む形になっている。
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