5話 女騎士によるトラウマ克服計画! その4

1/1
12人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ

5話 女騎士によるトラウマ克服計画! その4

 コモリは夢を見ていた。  それは遠い遠い昔のことのようにも、ついさっきのことのようにも感じる、馴染み深くも懐かしい夢だった。  その日は高校の授業参観があった。  コモリは背中に感じる視線に渋さを覚えた。ちらっと後ろに目をやると、すぐさま視線が合った。 目を爛々輝かせる女性は興奮ぎみに、手を小刻みに振った。それが自分へ向けられたものだと分かってコモリは、すぐに黒板へと顔を戻した。  来るなって言ったのに……  コモリは、はぁと小さくため息をついた。  自分の子供の勇姿を見ようと集まった参加者の中に、誰よりもコモリに熱視線を向ける彼女は、コモリの姉 子守 深雪だ。誰もが2度見る美貌とは裏腹に、彼女には女性として大きな問題があった。弟を愛しすぎている。……重度のブラコンである。  会社を早退してまで弟に会いに来る深雪に、コモリはいつも通りの鬱陶しさを覚えるはずだった。だが、今日は違った。針積めた緊張感が彼を支配していた。  よりにもよって、なんで今日なんだ……!!  ──コモリは『自主規制』を漏らしそうだった!!  5時間目。チャイムが鳴ったのと同時に、そいつは訪れた。  うねるような痛みが下腹部に走り、ぎゅるると苦しげな声が耳に届く。それに呼応し、自然と尻に力が入った。  額から、つーっと冷たい汗が垂れた。  やばい。漏れる。  17年間、何度となく感じたこの緊張感に、頭はすぐに答えを出した。そして流れるように解決法方の模索し始める。  どうする。どうする。どうする。  ゴールはトイレに行くこと。そのためには何が必要だ? 先生にトイレに行くことを伝えることが必要だ。だがそんなことが可能なのか? 可能ではある。だが……だがだ、授業中に手をあげて、立ち上がって、クラスのみんなに注目された状態で、「先生、『自主規制』に行ってきます」なんて言えるか!? かつ今日は、よりにもよって参観日。子を見守る親の前でそんなこと言ったら、いい笑いものだ。ありふれた食卓に僕の恥というおかずが一品増えてしまう。最悪すぎる。だが、それ以上に最悪なのが姉がそれを見てしまった時だ。姉のことだ。僕が『自主規制』に行ってきますなんて言ったら、「たっちゃん、『自主規制』行きたいの? お姉ちゃんと一緒に行こうね!」とか言ってきそうだ。そんなことやられたら、僕の学校生活まで逝ってしまう。どうする。どうする。 「子守……」  このまま我慢するか? それはリスキー過ぎるんじゃないか? 「子守」  尻に力をいれ続ければ、可能性は……。 「子守っ!!」 「はいっ!!」 「お前の番だ。150ページ。3行目から。読め」  先生はきっぱりとした口調でコモリに言った。どうやら気づかぬ間に、音読の順番がコモリまで回ってきたようだ。  コモリは指定されたページを読み始める。 「ん? どうした。立って読まんか」  座ったまま音読を始めるコモリに、先生は当然立つように指示をする。だが、コモリは立ち上がらない。否、立ち上がることが出来なかった。 『自主規制』が『自主規制』に『自主規制』しそうだったのだ。  原因は驚いた拍子に出た大きな声。腹に力が入ったせいで、腸で蠢く『自主規制』が、外の世界に向けて、光に向けて前進したのだ。強固なる壁にヒビが走り、理解する。立ち上がったら終わる。漏らした後のビジョンが鮮明に浮かぶ。 「いやー。あのー。そのー」  コモリの目は行く宛もなく走り回る。額からは汗が、先程と比べ物にならないほど垂れてくる。 「いい加減にせんと怒るぞ」  先生の顔の雲行きが怪しくなる。声には黒い雲が覆い被さり、今にも雷が落ちそうだ。  どうする。どうする。どうする。どうする。どうする。どうする。  コモリの目の前に2つの選択肢が浮かぶ。  1 立ち上がって漏らす  2 怒られて漏らす  完全に詰んでいる……いや、まだだ!  コモリの脳は人生最大の回転を見せる。誰にも見つけられなかった。見つかるはずかなかった第3の選択肢を。遅い来る絶望を跳ね返し、コモリが傷つかない。コモリが幸せになるための未来を模索する──── 「たっくーん。がんばってー」 「うるさいな!!……あっ」  目の前が黒く染まる。パンツも黒く染まった。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!