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エピローグ いつか世界を救う……はず?
「勇者 コモリよ!」
堅牢な声と共に、太陽の光が純白の壁を反射し、一人の若者に注がれる。
「はいっ!!」
若者は聖堂の白壁にも勝る真っ白な服を身にまとい、厳かな紋章が刺繍されたマントを羽織っている。
汚れを知らぬ装束は、若者の容姿も相まって、彼自身の幼さを代弁しているようだった。
だが彼の瞳には熱いものが揺らめいていた。
それは若さゆえか、はたまた無知ゆえなのか、見当がつかない。しかし確かなことが一つ。
この目をした人間は、賭ける価値がある────
女神像の足元。老人が重い口を開く。
「この国を滅びの運命から救うことが出来るのは勇者である、コモリ、貴殿だけだ。だが────
それにより異世界人である貴殿の人生を大きく狂わせてしまった。誠に申し訳ない」
老人は深々と頭を下げる。観衆は強くどよめく。
一国の王が、成人にも満たぬ若者に頭を下げるなど、あってはいけないことだからだ。
どよめきの渦は強くなっていく。それはまるで一匹の動物が母を失ったことに嘆いているようだった。
「顔を上げてください」
その声と共に聖堂は静寂に包まれた。
静かで透き通った若者の声が、観衆の耳に確かに届いたのである。
若者は続ける。
「確かに僕の人生は、この世界に来たことで大きく変わってしまったでしょう。手に入ったはずの幸せも失ってしまいました…………それでも────
僕がここにいるのは自分でこの道を選択したからです!!誰でもない僕が選んだんです!!この選択に何の後悔もありません!!だって自分の人生なのだから!!」
そして若者は観衆へと身体を向ける。観衆は静かに若者を見た。無数の視線が、彼の視線と重なった。
「皆さんに誓います!!
僕が必ず魔王を倒します!!そして誰一人として涙を流させない、そんな世界を……必ずも作ってみせます!!
だから────」
若者は観衆に向け、頭を下げる。
「情けない僕を…………信じてやってください!!」
この言葉は若者の本心だった。
自分の弱さを知っているからこそ言える、心からの言葉だ。
だが、観衆は沈黙を続けている。それは嵐の前の静けさに似ている。観衆の心に打たれた楔が、何をもたらすのか誰にもわからなかった。
「あの……」
突如、均衡にヒビが入る。女の子だ。小さな女の子が不安そうな顔で若者の前に現れたのだ。
「勇者さまが世界を救ってくれたら、私、お外で遊べる?」
女の子の声は何かを探るようだった。多分、不確かな未来を描いたことが自傷行為に等しかったのだろう。女の子は涙を浮かべた。
若者は彼女の目線まで腰を下ろし、ぽんっと女の子の頭に手を乗せた。
「遊べるよ。いくらでも遊んでいいんだ」
女の子の顔に小さな光が見えた。
「じゃあさ!じゃあさ!虫とか捕まえていいの?」
今度は坊主頭の男の子が若者の近くに寄ってきた。
「うん!その時は兄ちゃんと競争しよう!」
「それなら!」「私は!」「ならな!!」「じゃったら鷲は!!」「トマト食いてー!!」「パレードは!!」「ワタクシ!!」「僕だって!!」
海に落ちた滴は波紋となり、やがて大きな波を呼ぶ。観衆の心に根付く闇が若者の言葉で洗い流されていく。光が溢れていく。
「おぉ……なんということじゃ……」
王様はその様に、いつのまにか涙を流していた。
「これが伝説の勇者……我々の希望……!!」
この日、若者は本当の意味で勇者になった。大衆の心を照らす一筋の光が誕生したのであった。
そして時は流れ、一ヶ月後
「勇者様!今日こそモンスター退治に行くんじゃなかったんですか!!」
「うるさい!!絶対行かない!!絶対に行かないからな!!」
『勇者 コモリ』こと、『子守 大蔵』はひきこもりになっていた。
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