魔王、勇者と転移する。

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 だからと言って、勇者を助ける義理はないんだが、俺は気づいたら手を出していたのだった。 「なにしてるのよ! そんなに私を封印して、生き恥を晒せとでもいうの!」  俺は、3本目の剣を奪い、胸に刺さった剣を抜き、右手に持っている1本目の剣を次々と『次元倉庫』に入れる。 「明日からの人生は、勇者以外の人生を探してみろ!」 「ちょっ! なに言ってるのよ!」  俺は勇者の腕を掴み、剣で開いた胸の奥に、勇者の手を突っ込んだ。 「そこにある俺の核を握っていろ! 俺は今から肉体を滅ぼすから、どこかに核が転移する。お前も一緒に来い! 判ったな!」 「なっ!」  勇者の顔はヘルムで見る事は出来なかったが、手が俺の核を強く握るのを確認した俺は、自滅の魔法を使う。  その時、俺と勇者を欺いた弟とフィアンセが、勝利の笑みを浮かべているのが見えた。  丁度それは、封印魔法『メルジオール』が発動する直前で、あたかも封印が発動したように見えるタイミングだったからだ。  これで、あいつらは俺と勇者が封印されたと思うだろうし、あとで、『兄を騙した罪』で説教しに来ないとな。  俺は核だけの存在となって、勇者の手が離れずにいることを確認しながら時空の波を渡り始める。  これは…勇者の記憶か。どうやら、繋がった手の影響らしい。  名は『リリーアナリスタ・オベルイス』  小さな町でパン屋をしている夫婦の一人娘として生まれる。  父は6才の時に魔物に襲われて死亡。10才の時に勇者の資質があると判り、母と別れて王都での勇者修行。  毎日、城の中で剣と魔術の訓練。  12才の時、母が急病で亡くなった事を知る。  国民の期待と重圧を受けながら、朝から晩まで、ただ訓練をするだけの日々。  そして、孤独のまま旅立つ勇者。    彼女の感情が、濁流のように俺の中に押し寄せて来る。  誰も彼女を一人の女性として見ていなかった。  それが宿命だと言い聞かせながら、悲しみを押し殺してきた日々。  『魔王討伐』という使命だけが、彼女の生きる糧になっていた。    そして記憶の映像が黒くなっていく。  彼女の記憶を見た時間は数秒程度の事だったが、俺は意識を失っていた。  
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