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目覚めた時には、窓の外から差し込む光が一際鮮やかに、黒沢の視界を占めた。カーテンが開け放してある。こんなに眩しいのに、目が覚めなかったなんて。疲れているな、と首を振った。多分、昼に近いのだろうと思う。目を細めながら隣りを見ると、桐島がいなかった。逃げられた。黒沢は舌打ちして、起き上がる。ガウンを素肌に纏い、振り返ると、部屋のドアが開く音がした。 「……桐島」 昼の光の中で見る桐島は、一瞬、遠いあの日を思い出させた。遠く、遙か遠くを見つめていた、あの頃に。今では美貌と、謎めいた雰囲気を更に色濃くさせてはいたが、黒沢を見つめるその瞳に、変わりはなかった。 「公園を、散歩してきた」 「逃げられたかと思った」 「信用、ない」 「六年前もそうだったろ。俺に何も言わずに。……悪い」 言ってしまってから、付け足しのように謝る黒沢に桐島は微笑んだ。 「黒沢が、謝るなんて」 「本気じゃないさ」 「そう?」 シャツの白さが、痛いほど目に染みる。そういえば、あの日も白いシャツを着ていた。思わず引き寄せた桐島の髪からは、ほんのりと雨の匂いがしたような気がした。 「桐島……抱きたい……」 「……黒沢」 緩やかに抱き締められて、桐島は静かに腕を黒沢の腰に回した。温かい。この腕が、欲しかった。同じクラスになった時から、桐島は黒沢を追いかけていた。目立たないように緩やかな視線で。自分に絶対の自信を持ち、恐れることなど何もない。人から見れば不遜なくらいに映るその言動も、桐島にはとても羨ましかった。それが、いつから恋情になったかはわからない。一目見たその時から、だったかもしれない。 六年前、黒沢に抱かれることを強く望んだのは、自分の方だった。選択の余地もないまま身体を売ることを強要され、その想いはますます強くなった。どうせ汚れていく身体なら、愛する人に一番初めに抱いてもらいたい。そんなふうに思う自分が滑稽で、そして哀れだった。思いもかけない形で、それは現実となったが。 どんなに辛いことがあっても、歯を食いしばってがんばってこられたのは、黒沢がいたからだ。黒沢と出逢えたことが、桐島の精神を、より強いものとした。二度と逢えなくなっても。身を売るような環境にいたとしても。黒沢が同じこの横浜の地にいると思うだけで、それだけで生きていけると思った。黒沢が自分にこれほどに執着するわけを、すべて信じてしまえるほどに子供でもなくなった桐島だったが、それでも、信じたい気持ちはあの頃と変わってはいなかった。答えは、すでに決まっていた。 「……束縛して」 「桐島?」 「おまえ以外の誰にも見られないようにして。おまえだけのものに……してほしい」 「桐島……」 唇を重ねると、桐島は少し照れたようにうつむいたが、無理矢理黒沢の指が顎にかかり、上向かされた。桐島の目に、もう涙は無かった。 胸の中を熱くする、たった一人だけのこの男を、もう決して放さない。永遠に自分だけのために咲き続ける華にしてみせる。ベッドに沈み込んだ。長い口づけの後に、黒沢は吐息に混じって神妙に告白した。 「……愛している……」 桐島は、微笑んだ。その微笑みは、黒沢といられることが幸せだ、と言った時の笑顔を彷彿とさせる。それは、声に出さなくても、読み取れる桐島のメッセージだった。 了
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