9 Tokyo

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「この前の訓練所は単なる卵を選別する場所だ。いい卵、悪い卵ってな。ここは選ばれた卵をヒナにする場所だ。ヒナはもちろん立派な鳥になる。羽ばたいていって、時にヒナを育てに戻って来たり、初心に返るために自主的に来るのもいる。おまえは最初からここに来るべきだったな」  小川は祐作を見た。彼は窓の外を興味深そうに見ている。 「春から俺も関もおまえも、一緒にこっちに異動する。おまえはそれまで、調査課に出向だ」 「シュッコウって?」祐作が小川を見る。 「身柄拘束だよ」小川は関が車を止めたので、ワゴンの扉を開いた。  黒崎調査官がファイルを持って待っている。関もワゴンを降りた。祐作は自分も降りなくてはいけないのかと思ったが、小川がドアを閉めたので、車内に取り残された。 「調査官、ひとまずTCVの待遇については聞かない方がいいぞ」  小川はポケットのレコーダーを黒崎明日香に放り投げた。明日香はそれを受け取り、小川を見た。 「そんなことは調査対象になってませんから」 「いや、興味本位でもって話だよ。ジュネーブ協定なんてクソみたいなとこだ、TCVってのは。あのガキは生意気だが、苛めようなんて思うなよ。あんたらのやることなんて、蚊が止まってるほどにも思わないだろうから無理はせんことだ」 「小川警部じゃあるまいし。苛めたりしません」調査官は小川を睨んだ。  小川はにやっと笑った。「個人的に興味も持たない方がいいぞ。同情もせんほうがいい。反対に襲われないように気をつけることだ。奴は内戦中、レイプだってやってるぞ。あんたの短いスカートは危険きわまりない」 「セクハラで訴えますよ」 「事実だよ」小川は車の中でじっとしている祐作をちらっと見た。「コロンビアでの殺人について調書が取れたら、とっとと解放してやってくれ。もし正当防衛が成立しなかったら、パパに直訴してやるからな」 「今度はパワハラですか」  黒崎明日香は冷たい目で小川を見た。 「あのガキは、俺の息子だ。セクハラでもパワハラでも何でもやってやる。あいつを雑に扱ってみろ。俺が許さないからな」  明日香は車内の人影と、小川を見た。 「わかりました」彼女はうなずいた。「警部の息子さんを預かります」 「息子じゃねぇ」小川は眉間にしわを寄せた。  明日香は微笑み、それから関から車の鍵を受け取ると、後ろの部下に渡した。  彼らが代わりに車に乗り込み、祐作は小川を窓から振り返った。  車が動き出すのを見送り、関は小さく息をついて小川を見た。 「何だか子牛が売られていくみたいな気分ですねぇ」  関が言って、小川はケッとつばを吐いた。 「どうせ三ヶ月後にはまた顔を合わせる。春まであのクソガキの減らず口に付き合わなくていいんだから、せいせいするさ。毎日報告書を書かされたら、ちょっとは日本語も上達するだろうよ」 だといいんですが、と関は車が消えた角を見た。 「ほら、ぼうっとするな。こっちはこっちで、つまらん挨拶しないといけねぇんだからよ」  小川に言われて、関は振り向いた。小川はカードキーで扉を開き、先に建物に入っていく。  関は慌てて後を追った。春には正式にここに来られる内定をもらっただけでも、彼はとてもうれしかった。もしも自分があのコロンビアのテロリストのお目付役として認められたのだとしても。三ヶ月後、たぶん奴はもっとひねくれて帰ってくるだろう。とはいえ。 end.
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