7 N.Y.

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*  翌日小川は日本に帰ってしまい、祐作は「ご褒美」ってこれなんだなと思った。アメリカの刑事たちも来なくなったし、誰もコロンビアの話を聞きにこなくなった。静かになった。  看護師たちがいろいろ話をしにきたが、祐作はそれに興味を持てず、聞き流しているだけだった。彼らもそれを察すると、世間話をする回数も減っていった。カウンセリングは相変わらず強制的に受けさせられたが、祐作が拒否感を示すと、あっさり回数が減らされた。  静寂。  祐作は周囲の心配には我関せず、その心地よい静けさの中で淡々と主治医の言う通りに治療を進めていった。治療に対する積極性がなくなったわけではないので、誰も何も文句は言わなかった。  ただちょっと社交性のない患者というだけである。それでもカウンセラーや看護師、それからその他の数人は、祐作がスペイン語でなら話すかとか、話題を変えれば関心を持つかとか、何か別の趣味はないのかと探ってみたりした。  祐作はハッキリと彼らに言うことにした。友達は欲しくないんだ、と。  怒る人もいたし、もう話しかけてこない人もいた。が、反対に興味を持つ人間もいた。 「ねぇ、なんで友達がいらないの?」と看護師のベアトリスは祐作の包帯を交換しながら聞いた。  彼女は最初は全く祐作に声をかけなかったのに、彼が友達はいらないから寄ってくるなとみんなに言ってから、声をかけてきた変わった人間だった。仕事のできるクールな看護士で、いつも長いブロンズ色の髪を小さく団子にまとめていた。瞳も同じブロンズ色で、長いまつげをしていた。  祐作は彼女を見て、もう三十回は聞かれた質問に答えた。 「いらないから」  ふふん、と彼女も三十回は笑って応じる。彼女が来ると、ほぼ毎回同じ応答だ。仕事の手は絶対に休めず、てきぱきと動く指先を見ながら、祐作は少しずつ自分の体が癒えていくのを理解する。傷の色が微妙に変わり、痛みが減り、ガーゼで覆われる範囲が小さくなる。  いつもはふふんと笑ったあと、友達なんてなくても苦労しないけどね、と続くのだが、今日は違った。 「別に友達になろうって言ってるわけじゃないのよ」ベアトリスは小さく笑って包帯を止めた。「私も多い方じゃないけど、一人いると便利よ。何も聞かずに夜泊めてくれたりさ、クリスマスに欲しかった映画のチケットくれたりさ。財布なくしたときとか、超便利」  いつもと違う展開に、祐作は彼女の伏せた目を見た。 「昨日、財布をロッカーに置き忘れて。外で食べたのにレジで気づいたの。ほんとびっくりよ」  祐作はかすかに笑う薄い唇を見た。ベアトリスはちょっと目を上げ、祐作を見た。 「友達を呼んで、立て替えてもらったわ」  祐作は他の看護士たちが彼女の噂を話しているのを知っていた。彼女はレズビアンで最近恋人と別れたばかりで、その前の恋人と別れたときは自殺未遂して、そのもう一人前の恋人には二股かけられていたとか何とか。おしゃべりな同僚が多くて祐作は同情してしまう。きっと彼女が美人だからやっかみもあるんだろうと祐作は思っていた。
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