9 Tokyo

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「戦争に意味はない。そこにいたら、生き残ることが一番いいことだ。その他のことは考えるな」 「俺は死神だって言われてました。俺以外が死んで、俺だけ生き残るから」 「そんなの単なるやっかみだ」小川はため息をついた。「おまえは自分が死神じゃないかって本気で思ってるのか?」  祐作は目を閉じた。そのときは本当に思っていた。前線で自分の隣の奴がどんどん死んでいくのを見たときは。誰も祐作の隣に来たがらなかった。それでペドロは仕方なく単独行動がとれるように、狙撃手にしてくれたのだ。  祐作は目を開き息をついた。「俺のせいだと思ってました」  小川は首をひねった。「ほんと馬鹿だな、おまえは」  祐作は小川を見返し、それから窓を見た。だって、信じられないぐらい友人たちは簡単に死んでいったのだ。そして部隊に戻ると責められた。一人ぐらい助けられなかったのかと。おまえが殺したようなもんだとみんなが言った。ペドロだけは喜んでいたが。殺戮の天使がうちにはいるんだ。神の子がいる。  祐作は自分の感情が理解できなかった。小川の言葉が胸に突き刺さる。 「生き残るのは悪いことじゃない。誰かが隣で死んでも、おまえが殺したんじゃなきゃ、おまえのせいでもない。言っておくが、生きるために自分を殺しに来た相手を殺すのも、おまえが悪いわけじゃない。殺されるぐらいなら、殺してしまえ」  小川は関がちらっと自分を見るのを見た。確かに暴言だろうが、ここは目を瞑っていろ。コロンビアの内戦孤児のパックリ開いた傷口は、少々乱暴でも縫い合わせるしかないだろうが。 「おまえは狙撃手として腕が良くなかったら今ここにいない。そうだろ? だったらそれに感謝しろ。神の子でも死神でもいい。生きてりゃ何かができる。死んじまったらおしまいだ。できなくなることは、できなくなってから考えろ。生きてるならできることをしろ。おまえにできることは、意外にもたくさんある。犯罪者の心理を一番よくわかってるだろうし、テロリスト役だってまだまだできそうだ。狙撃の腕を上げていくってのもある。激増してる外国人犯罪の情報収集だってできそうだ。俺はおまえを使って昇進することができる。関はスペイン語をマスターし、おまえは日本語を学べる。どうだ、いい話だろうが」  祐作は小川を見て、呆れるように笑った。「そうですね」 「俺たちには、おまえが必要だ」  小川が言うと、祐作はうなずいた。 「必要なら使ってください。要らなくなったら…」 「捨てない。骨の髄まで使い倒してやる」  祐作はそれを聞いて、ズイ?と首をかしげた。  小川はふんと、鼻を鳴らした。まずは日本語をしっかり叩き込んでやる。面倒でかなわん。 「で、新しい名前を教えてもらってもいいですか?」  祐作が言った。  小川は塚本祐作を見た。「河瀬」 「それは…ファミリーネームですか?」 小川は笑った。「ファミリーはいないがな。そうだ、苗字だ」 「ファストネームは?」 「知る必要はない。脱走されたら困るからな。誰かに聞かれることもない。河瀬と呼ばれたら反応すればいい」  祐作はうなずいた。そう言うならそれでもいいか。 「よし、おまえの勤務地だ。見ろ、今度の勤務先はちょっとすごいぞ。SITの現役とも合同訓練ができる。みんなおまえが来るのを楽しみにしてるそうだぞ」  車はゲートを一時停止して関が証明書を出して通過し、また二つ目のゲートを同じように通過した。祐作は空にヘリコプターが上昇するのを眺めながら、ゲートがいくつあるのか数えるのを途中でやめた。建物が増え、開けたと思ったら、また建物が見えた。  祐作は息をついた。簡易飛行場に本物の飛行機が置いてあり、ジープや乗用車が走り回っているのが見えた。物々しさがこの前の場所とは、ワンランクあがって、人の動きも切れがある気がした。
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