死んだらだめって言ったじゃん

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 家に帰ると美也子が首を吊って死んでいた。  首吊りは、カーテンレールに括りつけたタイツで行われていた。身体はだらんと脱力し、タイツは伸びきっていた。足は床についていたけれど、鬱血した顔を見るに、首吊りはしっかり成功しているらしかった。ドアノブでも首は吊れるらしいし、驚くべきことでもない。  私はひとつ溜め息をついて、スーパーの袋を床に置いた。今夜は美也子の好きなカレーなのに。  彼女の身体を抱えあげる。抱え上げると、加重により締めつけられていた彼女の首元の輪が少し緩む。  抱えながら、彼女の首を締め上げる輪をこじあけようとしたのだが、なかなか上手くいかない。私は非力だった。美也子の体重は平均よりも軽いとはいえ、彼女を抱え上げた上、その首元の輪をどうこうするというのは無理がある。  仕方がないので、彼女を抱え上げたまま――彼女を抱き締めて、じっと待つ。  彼女の心臓が鼓動を取り戻すのを。彼女の肌に血が通い始めるのを。彼女が再び空気を吐き出すのを、待つ。  私が彼女の体温を感じ取るまでに、それほど長くはかからなかった。 「……起きた?」  彼女の耳元に問うと、うん、という小さな声が返ってきた。 「立てる?」  うん。  返事を受けて、私は、そっと力を抜き彼女を立たせる。彼女がきちんと両足を床につけたのを確認して、私は手を離した。 「簡単に死ぬのはよくないって言ったじゃん」  一応、美也子に苦言を呈しておく。  ごめん。  美也子は罰が悪そうにうつむく。やれやれ。  何度も死ねるからと言って、死でストレス解消をするのはやめてほしい。自力で生き返ることもできないのに。  生き返らせるのにも手間がかかるのだ。 「いいよ。でも、晩ごはんの準備手伝ってね」  ん。晩ごはんなあに? 「カレー」  やった! 「沢山作ろう。明日も明後日もカレーにしよう」  ふふ、と、美也子は嬉しそうに笑う。  これで、せめて明日と明後日は、美也子が死ななければいいなと思う。
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