第三章 わかめ

1/1
前へ
/4ページ
次へ

第三章 わかめ

 炊き立てのふっくらしたご飯に、わかめと豆腐、ねぎの散った味噌汁。卵入りの納豆。慎ましい食卓を、知世は『エエコ』さんと囲んだ。悪くない。なかなか悪くない気分だった。 「さ、どうぞ、『エエコ』さん」  知世がお椀を渡すと、『エエコ』さんは「いただきます」と言って、口を開き、熱々の味噌汁を一気飲みした。 「やけどしないのかしら。機械だから平気なのね。最近の機械は、凄いわねえ」  話せて、名前を呼んで、食事もできる。顔は、まあいかにも機械だけど、口調もぎこちないけど、家電よりずっと人間に近いわね。  感心した知世が自らも味噌汁を一口飲んだ時、 「ガッ、ピー」  『エエコ』さんの様子がおかしくなった。震えるように肩を揺らしたかと思うと、 「ガ、ガガガッ」  と洗濯物を入れすぎた洗濯機のような音を立てて口からわかめを吹きだした。そのままわかめを垂らした姿勢で固まる。 「『エエコ』さん?!」  思わず、知世は名前を叫んで席を蹴った。 「しっかりして、『エエコ』さん。どうしたの、『エエコ』さん」  『エエコ』さんは沈黙している。 「まさか壊れちゃったの?!」  いくら問いかけても、無情な沈黙だけが続く。素人目にも異常がわかった。 「ど、どうしましょう。わたし、機械なんて直せない……」  一生懸命考えると、「サポートセンター」という単語が脳裏にひっかかった。そうだ、何かあったら、サポートセンターに連絡しろと言われていた。 「電話、電話番号は」  知世は冷蔵庫にマグネットで留めたあの名刺を見る。『みんなワックワク・笑顔でメカメカ』の下に「サポートセンター」の電話番号が記載されていた。  すがる思いでその番号に電話すると、簡単な応答メッセージの後、保留音が続き、辛抱強く待つこと二十分ほどで、ようやくオペレーターにつながった。 「はい、『みんなワックワク・笑顔でメカメカ』ネバーネバーワールド社カスタマーサポートです……」  生気のない、疲れきった女性の声が聞えた。知世はまくしたてる。 「あの、『エエコ』さんが、『エエコ』さんが壊れてしまって。わたしがわかめの味噌汁を飲ませたから。助けて、助けてください」 「わかめの味噌汁――ZWSシリーズ・E―一〇七七でしょうか」 「そ、そうです、たぶん、それです」 「お客様、初期設定のままのご使用はお控えくださいと取扱説明書にございますが。わかめの味噌汁をZWSシリーズ・E―一〇七七は受け付けません。必ず嗜好品を変更するように取扱説明書にございます」 「え、そ、そうなんですか。でも、でも壊れて、故障してしまったみたいで」 「わかめの味噌汁については、その反応は仕様です。故障ではございません。適切な手段をとっていただければ、元の状態に戻ります」 「どうしたらいいんですか」 「まずわかめを撤去していただき、背中のモニターを青画面表示で起動し、取扱説明書に従って、復旧コマンドを入力してください。それから最新のプログラムをダウンロードしてインストールし、認証をオンしてください。その後、付随しますアクセサリモジュールをモニターへ入力し」 「ちょっと、ちょっと待ってください」  チラシの裏に必死に指示を書きとっていた知世は叫んだ。 「も、モジールってなんですか」 「モジュールです。環境変数に対応するためのアクセサリモジュールです。そちらをインストールしていただいて」 「わ、わたしにできるんですか。どなたか、修理の方は」 「弊社は出張修理は行っておりません。製品はオーナー様にカスタマイズされますので、命名後、支障が出た場合は、保証外になります」 「えー……」  知世の額には脂汗が浮かんでいた。 「このまま何もしないと、『エエコ』さんはどうなるんですか」 「どうにもなりません。わかめの味噌汁の反応は仕様ですので」  オペレーターは冷たく言った。 「あくまで仕様ですので、それは故障ではありません」
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加