1.ある日の図書室で

1/3
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/23ページ

1.ある日の図書室で

夕方の日差しが、音のない図書室に色をつけていく。 腕の中に抱えた分厚い辞書達を棚に直し終えて、彼はようやく重みから解放された。 まだまだ作業は終わりそうにない、「ふう」と一息ついて額の汗を拭う。 「佐田(さだ)、次七番の方行くから。そこの棚は終わった?」 彼の名を呼ぶのは同じ図書委員の鬼嶋(きじま)夕梨(ゆり)だ。 静かだがよく通る声に「終わった。すぐ行く」と返事をして、彼––––佐田はるかは、彼女のいる図書管理室へ向かった。 季節は初夏、腕まくりをしても長袖のカッターシャツでは熱が逃げてくれない。 襟首をぱたぱたしながら古めかしい赤茶色の扉を開く。 すると、さっきよりも一層空気の淀んだ埃臭い空間へ出る。 そこが図書管理室、これ以上ないくらいに散々に荒れた場所だ。 千頁を優に超えるものから薄いものまで様々な大きさの本が床、机に積まれている。 そこに、鬼嶋は佇んでいた。 「これ、」 肩までの短めの長さの髪を耳にかけながら、少女は己のすぐ脇の山を指さす。 「ここからここまで私がやる。佐田はここからそこまで」 「はいはい、了解」 はるかはだるさ全開のやる気ない応えを返して、また溜め息をついた。 そもそもこんな場所は普段必要ないし、重要な書類とか本を借りるためのスペースは最低限片付いているのに、鬼嶋が 「これは我慢ならない。片付ける」 と言い出したのが始まりだ。 本棚にはまだスペースがあり、汚れていないものは図書室の方に収まるはずだ。 廃棄組と採用組に分別する作業が終わり、やっと帰れるかと思えば、時間が許す限りこの少女は片付けるつもりらしい。 しかたなく彼はつきあっているというわけだ。 鬼嶋がよいしょと本達を持ち上げて出口へ向かう。だが、ドアを目の前に立ち止まった。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!