僕の彼女は妖狐です

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僕の彼女は妖狐です

「よりによってこんな時に出くわすなんて」  学校を出てから待ち合わせの場所に急ぐ途中、雑踏の中である一点に視線が止まる。  それがいけなかった。  いや、僕の仕事を考えると運が良いというべきか。  いやいや、待たせたら後が怖いことを考えると、やっぱり運が悪いんだろう。  そんなことを考えながら僕は必死でヤツ(・・)の後を追っていた。  現場に遭遇してしまった以上、僕はヤツを退治しなくてはならない。  それこそが陰陽師たる僕の使命なのだから。  だから、追って追って追い続けた。  裏路地に逃げるヤツを見失わないように。    他の陰陽師に比べれば、確かに僕は弱い。  低級の妖怪(モノノケ)を退治するのだって一苦労だ。    だが、しかしそれがどうした。  重要なのは折れないことだ。  屈さず、挑み続ける心の強さだ。  人に害を与える妖怪がいる限り、僕はどれだけ自分が傷つこうとも諦めたりしない。  そして、いつか誰もが笑って暮らせる平和な世の中にしてみせるんだ。    ――よし、もうすぐだ。  路地を右に曲がり、まろび出たそこは広く開けた空き地。  動きやすく、視界はクリアで隠れるような場所も存在しない。  周囲はビルが立ち並び、逃げることもできはしない。  まさに誂え向きと言えるだろう。  ここならどれだけ暴れようと人の目を気にしなくていい。 「おいおい、陰陽師の気配がしたから咄嗟に逃げてはみたが、なんだガキじゃねえか」 「ガキ呼ばわりするんじゃない! 僕はこれでも高校生だっ」  嘲るように嗤うヤツに向かって、僕は声を荒げて抗議した。    失礼な、そりゃ確かに身長は百五十センチしかないけれど、れっきとした高校一年生だ。  大丈夫、まだ僕には未来がある。  多分、きっと、おそらく。 「おうおう、そいつは悪かったな。んで、お前一人か?」 「……だったら、どうした」  はぁ、とヤツは盛大な溜息を漏らした。   「どう見てもただのガキにしか見えねえんだがな。よほど自信があるのか、それとも俺を舐めてんのか?」  人間の姿だったヤツの身体は、みるみるうちに変化していく。  身体は赤く染まり、額からは二本の角が生え、口からは牙が剥き出しになり、手の爪は鋭く尖っていた。  赤鬼だったのかっ!  赤鬼は低位の式神程度じゃまるで相手にならない中級妖怪だ。  今の僕に操れる式神の数は一つ、しかも低位の式神のみ。  ちょっと早まったかも。  赤鬼との距離は五メートル以上離れているのに、ビリビリと肌に突き刺さってくる、これは――殺意だ。  そう思った瞬間、ヤツが眼前まで迫り、右手を大きく振りかぶっていた。    疾いっ!?   「死ねや、ガキぃ!」  僕の頭に向かって無慈悲に振り下ろされる右腕。  だけど間一髪、僕はその攻撃から逃れていた。  僕は式神を操るのが苦手だけど、身体強化の呪法だけは得意だ。  所謂『逃げ足だけは早いやつ』って感じかな。  自分で言ってて悲しくなってきた。    い、いいんだ!  他の陰陽師の中でも僕に触れることができる人は、ほぼ(・・)いない。  それは上級妖怪だろうと同じこと。  だからこの結果は、奇跡でも幸運でもなく必然だ。  なるべくしてなったことで、僕の狙い通りと言っていい。  一番の問題は、赤鬼を退治するだけの攻撃力を僕が持っていないということだ。 「ええい! ちょこまかと……チビの割に逃げ足だけは速いじゃねえかっ」  赤鬼は怒鳴り声を上げながら、何度も僕に襲いかかってくるけど、攻撃が当たることはない。  目も慣れてきたしね。  ただ、このままじゃ埒があかないな。  何度かすれ違いざまに隙をついて、呪力を纏った拳で赤鬼の顔面を撃ち抜いてみたけれど、ダメージを受けた様子は全くない。  そりゃそうだ。  呪力を纏った僕の拳は、低位の式神よりも攻撃力が低い。  かといって式神を出したところで、赤鬼に通じるとも思えない。  赤鬼の攻撃が僕に当たることはなく、僕の攻撃は当たる。  だけど、ダメージは通らない。  ただ、僕の呪力にも限りがある。  このまま戦い続ければ、いずれ僕の呪力が切れてしまう。  そうなったら最後、僕は奴の攻撃を受けることになる。  つまり今の状況はジリ貧ってやつだ。    赤鬼もそれに気づいているのか、最初こそ僕の疾さに驚いていたけれど、何回か攻撃をくらったあたりで口元に笑みを浮かべていた。 「ハッハァ! 効かねえな、そんな攻撃はよ。蚊に刺されたようなもんだぜ!」 「ぐっ!? 人が気にしていることをっ」 「皮肉なもんだな。俺がテメエの攻撃でやられることは百パーセントありえねえ。俺はテメエの呪力が切れるのを待ってればいいってこった。呪力が切れた時が、テメエの最後だ」  赤鬼の口調と態度はムカつくけど、ヤツの言っていることは正しい。  うーん、どうしたものか……。 「遅いと思って気配を辿ってみれば、何を遊んでいるのかしら、晴明(はるあき)」 「葛葉(くずは)⁉︎ え、えっと、これは、ですね……」  僕と赤鬼の前に音もなく現れたのは、葛葉だ。  腰まで真っ直ぐ伸びた美しい黒髪の美少女。  セーラー服に身を包んだその可憐な姿は人の目を惹き、年齢に似つかわしくない色香を漂わせている。  葛葉は赤鬼を目の前にしても怯える素振りなんて全く見せず、ゆっくりと僕の傍へ歩み寄ってきた。 「私よりこんな雑魚の方を優先したっていうのね。酷いわ」 「違う! いや、違わないんだけど……ごめん」 「うふふ。いいのよ、私は晴明さえ無事ならそれでいいの」  ふわっと葛葉が僕を抱きしめてきた。  僕よりも身長が十センチ以上高い葛葉に抱きしめられると、甘い匂いが鼻いっぱいに広がって――って、今は戦いの最中だよ! 「おい、女。この陰陽師のガキの連れか?」 「……ガキ? まさかとは思うけど晴明のことを言っているのかしら」 「まさかもなにも、ここに居るのは俺と女とガキしかいね――グハァッ!?」  赤鬼は言い終えることは出来なかった。  何故なら葛葉が尻尾(・・)を一振りしたからだ。  さっきまでなかった巨大な狐の尻尾が一本、葛葉のお尻のあたりから伸びている。  頭には可愛らしい狐の耳がちょこんと垂れている。 「て、テメエも妖怪だったとはな。しかも妖狐か」 「私をあなたのような雑魚と一緒にしないでほしいものね。まあ、いいわ。どのみちあなたはここで終わりだもの」 「あ? それはどういう――」 「こういうことよ」  葛葉は、槍のように細く尖らせた尻尾の先を赤鬼目掛けて伸ばす。  僕がどれだけ殴っても傷一つ付くことのなかった赤鬼の身体だけど、葛葉の一撃はヤツの心臓をあっさりと貫いた。  一目で致命傷と分かる攻撃を受けた赤鬼は驚愕に目を見開いたまま、葛葉を見つめている。 「私の晴明(・・・・)に害を及ぼす者は、妖怪だろうと人間だろうと容赦しないの。ごめんなさいね」  葛葉はニッコリと微笑んでいたけど、既に赤鬼は事切れていた。  赤鬼の身体は煙のように霧散し、後に残ったものは赤くて丸い珠、魔核だ。  僕たち陰陽師は妖怪を退治した証として、この魔核を陰陽省に提出している。  集めた魔核の種類や数に応じて、陰陽師の位も上がっていくんだ。    葛葉は魔核を拾い上げると振り返り、僕の手に握らせると、天使のような笑みを浮かべた。 「さあ、これで邪魔者はいなくなったことだし、帰りましょうか」 「う、うん。そうしようか」  赤鬼、相手が悪かったね、と心の中で呟きながら葛葉と家路についた。  
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