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その日は、朝からリクの調子がおかしかった。
ロアの歩調は普段と変わらない。が、明らかにリクの歩みが遅れている。足取りもどこかふらついているようだ。さすがに連日の行脚で疲労が限界に達しているのだろうか。だとすれば、獣人のくせに随分と情けない話だ。
もっとも、獣人とはいえ相手はまだ子供。大人と同じ身体能力を求めるのはさすがに酷だろう。
ふとロアは、知らず知らず獣人の仔を気にかけている自分に気付いて舌を打つ。
あんな獣人の仔一匹、どこで野垂れ死のうと構わない。ついてこいと命じた覚えもない。そもそも、あの子供にとってロアは家族や仲間の仇なのだ。そんな人間の背中を、暗殺を試みるでもなくただ追いかけて何の意味がある。
今を生き延びるために獣人の本能が採った選択か。
だとすれば、つくづく獣人とは愚かで憐れな生き物だ――
そんなロアの視線の先で、不意にリクが膝を崩す。そのまま俯せに倒れ込むと、それきりぴくりとも動かなくなった。
「……おい」
気付くとロアは駆けだしていた。リクに初めて出会った日もそうだったが、悔しいかな、リクには相手を気遣わせてしまう才能があるらしい。果たして駆け寄ると、息こそしていたがすでに虫の息だった。跪き、抱き起こす。獣人に顔色という概念はないが、少なくとも、ひどく衰弱して見えた。
鼻に触れてみる。通常は湿っているはずの獣人の鼻が、今のリクに限っては枯れ葉のように乾いていた。
「……水にでも当たったか」
もっぱら煮沸した水を飲むロアに対し、リクはいつも川の水をそのまま飲んでいた。人間より病魔に強いとされる獣人だが、こと子供に限ってはそうとも言い切れないらしい。
「チッ……仕方ない」
とりあえず薬草を探すしかない。獣人用の薬草といえば、主に毒薬系の知識しか持たないロアだが、それを応用すれば熱に効く薬を作り上げることも不可能ではない。
「ここで待っていろ」
涼しい木陰にリクを運び、柔らかな草むらの上にそっと寝かせる。
自分は一体、何をしているのだろう。憎いはずの獣人に、なぜ、こんなことを――
「ロア」
立ち上ろうと身を起こしかけたロアの手を、小さな手のひらが掴む。目を落とすと、気を失っていたはずのリクがじっとロアを見上げていた。大粒の瞳をじわり濡らしながら。
「……あり、がと」
ああ、俺は一体、何を――
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