【獣人攻め】抱擁するは許されざる愛

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「うぁあ!」  慌てて飛び起き、周囲を見回す。  一瞬、自分がどこにいるのか分からずロアは困惑する。ぜいぜいと肩で息をつきながら周囲を見渡すと、そこは荒野にぽつんと突き出た小さな岩山の麓で、少なくとも、陰惨な空気に満ちた廃城ではない。  ああそうだ。  地獄は……終わったんだ。 「ロア?」  隣で見張りに立つ男が、身を屈め、心配顔でロアの顔を覗き込んでくる。  芸術家が丹精を込めて彫り上げた彫像を思わせる整った顔立ち。降り注ぐ朝日を吸って輝く金色の髪。朝焼けの空の下でもなお鮮やかに燃える深紅の瞳。  美しい男だ。  こと見栄えだけで言えば、国中の美男美女が集う王都の夜会に放り込んでも決して見劣りはしないだろう。だが――  そもそもこの男は、人間ではない。 「何か、悪い夢でも見たか?」 「……お前には関係ないだろ。それよりお前、また見張りに立っていたのか」 「うん」 「ったく……いらん世話だと言っているのに……で、俺が寝ている間に何があった」 「別に。夜中に竜が二匹、空を通り過ぎていったけど、それ以外は何も」 「何も?」 「うん」  頷くリクはしかし、外套のところどころがほつれ破れている。白皙の頬にはわずかに血が滲み、明らかに何かと争った痕跡が伺える。 「で、敵は?」 「えっ? ええと、」 「正直に答えろ。相手は竜か? 人か? それとも獣人か? 相手によっては今すぐここを発つ必要がある。答えろ」 「えっ、ええと……じゅ、獣人が、一人……」 「なるほど。そいつはおそらく斥候だ。奴らは基本、徒党を組んで行動するからな。今頃、帰りが遅いことを訝しんで仲間が探しに出ている頃だろう」 「えっ……ご、ごめん、俺のせい……」 「全くだ。大人しく俺を起こしてさえいれば、尾行して逆にこちらから本隊に奇襲をかけられたってのに、お前ときたら……」 「うん……」  悄気るリクに、ロアは軽い苛立ちを覚える。  この男は、厳密に言えば相棒でも何でもない。とある村で出くわし、以来、勝手にロアの背中をついて回るいわばお荷物だ。しかも、出会った当初はまだ小さく邪魔とも思わなかったが、近ごろはすっかり大きくなり、おかげで鬱陶しいことこの上ない。  立ち上がり、枕もとに置いていた剣を腰に佩く。次いで、布団代わりに使っていた外套をさっと背中に羽織ると、さっそくロアは街道を西へと歩き出した。 「えっ、もう行くの?」 「当たり前だ。ぐずぐずしていたら連中に見つかっちまう。別に相手してやっても構わんが、相手の戦力が把握できない以上無茶は避けたい。俺の専門は奇襲だからな」  そんなロアの背中に、慌ててリクも従う。 「ま、待って、俺も行く……」 「……勝手にしろ」  言い捨てると、ふたたびロアは歩き出した。
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