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「どうだい、新しい仕事の調子は」
カウンター越しに訊ねるカミラに、ロアは今夜の宿賃を投げつつ肩をすくめる。
「おかげさまで、絶賛ジリ貧中だよ。しかも仕事の内容ときたら、実質、以前の仕事とそう大差ないときてる」
「まぁ、単に荷物を運ぶと言っても、異種族との戦いは避けられないわけだからねぇ」
宥めるように言うと、カミラは果実酒の入ったカップをロアに差し出す。鼻を近づけ匂いを嗅ぐと、どうやら中身はレモン酒らしい。ぐっと呷ると、程よい酸味と甘みが喉に沁み渡った。夏の暑い最中、延々と街道を旅した後で飲むレモン酒は格別だ。
現在、ロアは町から町へと荷物を運ぶフリーの運び屋をやっている。獣人を殺す以外に特技らしい特技を持たないロアは、とりあえず、自前の荷車を用意するだけで稼げる今の仕事に飛びつくしかなかった。積み荷の上げ下ろしなどの力仕事も、リクが一緒なら苦にならない。リクも、自分の力を充分に生かせるこの仕事を気に入っている。ただ――
「けど、荷主さんとしちゃ伝説の獣人殺しに大事な荷物を預けられるんだ。こんなに安心できる運び屋はないでしょ」
「それが、そうとも言い切れないんだよな」
「どうして?」
空になったロアのカップを受け取り、二杯目の果実酒を注ぎながらカミラは訊ねる。樽で仕込んだ果実酒の原液を、冷たい井戸水で割るのがこの店のやり方だ。
その二杯目の果実酒で口を湿しながら、ロアは零す。
「……前は、ただ獣人を殺しに行けばそれでよかったんだけどな。けど今は、積み荷を狙って小鬼が出るわ妖魔が出るわ、昨日はとうとう小さい奴だが竜まで出てきやがった」
「へぇ、そりゃ難儀な」
「だろ? おかげで現在、獣人以外の異種との戦法を絶賛研究中ってわけよ。――皮肉な話だろ?」
「いいじゃないか。仕事の幅が広がって。次は竜殺しにでも転職したらどうだい?」
「よしてくれよ」
肩をすくめると、ロアは空になったカップをカウンターに置く。
「俺はもう、殺しを仕事にはしたくないんだ」
その時、折しもリクが店に入って来る。裏庭に荷馬車の馬を繋ぎ終え、そのまま井戸の水で汗を流してきたのだろう。剥き出しの上半身はびしょ濡れで、歩くたびに床に水たまりを作っている。
最近ようやく上背の成長が収まったリクの身体は、代わりに、以前に比べて身体の厚みがぐっと増した。分厚い胸板と太い腕は、もはやロアのそれと比べるべくもない。純粋な身体能力は、もはや及ぶべくもないだろう。
「おいリク! 水浴びの後は身体を拭けっていつも言ってるだろ!?」
言いながらロアは手ぬぐいでロアの顔を拭く。リクはすまなさそうに目を落とすと、ごめん、と小さく詫びた。
「相変わらず、世話が焼けるねロア」
笑声まじりにからかうカミラにロアは苦い顔をする。
「ああ。ったく、いつまで経ってもガキのまんまで参っちまう」
「けど、あっちの方はそうでもないんだろ?」
「……は?」
どういう意味だ、と目顔で問う。するとカミラはカウンターに頬杖をつきながらうんざり顔で答えた。
「あんたらが泊まるたびに他のお客様から苦情が来るんだよ。アレの声がうるさくて仕方ないってな」
「――っ、」
さすがのロアも頬が熱くなる。一応気を遣ったつもりだったが、他の部屋の客には丸聞こえだったらしい。
「別にやるのは結構だが、頼むから静かにやってくれ」
「わ……分かった。気をつける……お前も気をつけろよ、リク」
「えっ、何が?」
はぐらかしと言うより、心底分からないという顔で答えるリクに、ロアは腹の底から溜息をつく。本当にこいつはどうしようもない……
それでも。
結局、これからも連れ歩いてしまうのだろう。リクがリクである限り。
「何がじゃねぇ! ほら行くぞ。リク」
「ま、待ってよぉ、ロア」
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