【獣人攻め】抱擁するは許されざる愛

8/21

193人が本棚に入れています
本棚に追加
/21ページ
 俺のロアを奪ったのは、間違いない、あの獣人だ―― 「聞いているのか、おい、ゲイン!」 「えっ」  肩を揺すられ我に返る。見ると、厳つい顔つきの兵士が噛みつくような目でゲインを睨み付けていた。 「あ、ああ……悪い、話が退屈過ぎてつい」 「何だと!? 貴様、元掃討部隊だからと言って偉そうに!」 「落ち着け。ガイ」  温和な、しかし鋭い制止の声が兵を諫める。声の主は兵士の隣に立つ上官だ。ここナジャに置かれる駐屯地の司令官で、当地の異種駆除部隊を指揮する人物でもある。今回、ゲインに獣人駆除の依頼を持ち込んだのもこの男だ。 「それで、ロア=リベルガの協力は得られそうか」  司令官の問いに、ゲインは茶化すように肩を竦める。 「さぁ。ただ、いざとなれば自分一人でどうとでもなりますのでご安心を。事前に敵の集落を偵察しましたが、これという武装は見当たりません。守りも薄い。ごくごく普通の集落です。まぁ、爆薬と併用すれば半日もあれば片が付くでしょう」  実際、今回の仕事はこれまで請け負ったものに比べても易い部類だ。ロアの手を借りる必要も本来はない。それでも今回、あえてロアに声をかけたのは極めて個人的な理由――もう一度、あの男の雄姿を間近で拝みたかったから。それだけだ。 「だが、あのロア=リベルガにわざわざ協力を求めたということは、それだけ今回の敵が厄介だということだろう?」 「まぁ、確かに厄介ではありますね、今回の敵は」 「は?」  怪訝そうな顔を浮かべる兵士を鼻で嗤うと、ゲインは兵士たちの背後に山と積まれた爆薬の箱を見上げた。 「ともあれ、こいつは後で使わせてもらいます。保管の方、お願いしますね」  言い残すと、ゲインは早々に埃臭い火薬庫を後にした。  駐屯地の門を出ると、さっそくゲインは行きつけの食堂に向かった。そこは料理のほかに酒も出す店で、仕事を終えた後のゲインはいつもここで一杯ひっかける。今回は仕事の締めというわけではないが、ともあれ一杯呷りたい気分だった。  そういえば最近は、暇さえあれば酒を呷っている気がする。  ようやく店に到着し、カウンターで酒を頼む。やがて差し出された木製のジョッキをぐっと呷り、生温い麦酒が喉を流れ落ちるのを味わいながら、ゲインが思い出していたのはある男の面影だった。  女のような優男――それが、あの男の第一印象だった。  過酷な入隊試験を経て、晴れて掃討部隊への入隊を許されたあの日。古参兵との初めての顔合わせの場で、ゲインは、ある古参兵の姿に釘付けになった。  艶やかな銀色の髪。抜けるような白い肌。少年の面影を残すしなやかな肢体。そして、美の女神すら恥じ入るほどの圧倒的な美貌。  なぜ女が、こんな苛烈を極める掃討部隊に――  その誤解はほどなくして解けたが、それでも、こんな優男がなぜ掃討部隊に、という疑問は晴れなかった。  だが。初の戦場で、ゲインは身をもってその理由を思い知る羽目になった。  戦闘が終わりを告げたとき、その優男は一滴の血飛沫にさえ塗れてはいなかった。血と腐臭が漂う戦場で、なお涼やかに輝く白銀の髪。その冷え冷えとした輝きを、全身血みどろのまま眺めた夜を、ゲインは今も覚えている。  その日から、ロア=リベルガはゲインの全てとなった。  彼は憧れであり、同時に目指すべき目標だった。乗り越えるべき壁であり、負けてはならないライバルでもあった。  それは嫉妬であり、同時に崇拝だった。  あらゆる感情はロア一人のために捧げられた。そして実際、ロアという男はゲインの崇敬に足る人物だった。少なくとも、あの頃のロア=リベルガはそうだった。 「どうした、やけ酒か?」  カウンター向こうから、店の親父が下卑た笑みで訊ねてくる。 「やけ酒?」 「ああ。たった今、惚れた女に手酷くフラれて来たって顔してるぜ」 「……何言ってやがる、このクソ親父」  いや、案外その勘繰りは当たっているのかもしれない。  ある意味、これは恋だったのだ。  ゲインが掃討部隊に入って二年ほど経ったある日、突如ロアは軍を後にする。軍に属する限り、そこで行われる獣人殺しは命令の結果に過ぎない。が、自分は、あくまでも己自身の意思で獣人を屠りたい――そう言い残して。  その理由に、またしてもゲインは痺れた。  ただ純粋に、獣人を屠るためだけに生きる男。富や名声などそもそも眼中になく、身を焦がすほどの憎悪と復讐心、ただそれだけのために剣を振るう男。  その、あまりにも破滅的な純粋さは、否応なくゲインの心を奪った。  自分も、彼のように生きられたなら。  ほどなくゲインも掃討部隊を後にする。それが、ロアに憧れての決断だったことは言うまでもない。  あれから三年。  もう、あの時のロア=リベルガはどこにもいない。いるのはただ、ロアの顔と声を持つ別人。憎むべき獣人を平気な顔で連れ歩く贋作だ。 「……ちくしょう」  そもそもあの男は、過去に獣人によって蹂躙されたのではなかったか。その復讐のためだけに獣人殺しになったはずでは?  まさか。あの獣人がロアの憎悪を癒した……? 「……なるほど」  二杯目の麦酒を求め、一気に喉に流し込む。空になったジョッキをカウンターに叩き付けると、ゲインは、端正な顔をにやりと歪めた。  そういうことか。  ならば、今一度思い出させてやる。あんたが生きる理由を。あんたが立つべき世界の景色を、この俺が――  
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

193人が本棚に入れています
本棚に追加