1 1998年

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「レポートを持ってきました」  達哉が言って、小川は眉間にしわを寄せた。 「最初に名前を名乗れ。何度言ったら覚えるんだ?」  達哉はA4用紙一枚のレポートを小川の机に出してから 「河瀬達哉です。もう忘れました?」と言う。  小川は達哉を睨む。それからレポートを見た。目を通しながら、誤字脱字に赤丸を入れる。実のところ、小川の好きな作業でもある。このクソガキを堂々と叩けるのは、この日本語作業ぐらいだから。  達哉は赤丸がどんどん付けられていくのを見て、小さく息をつく。 「おまえ、手を抜けと言っただろうが。実力を出したらまずいんだよ」  小川は全体に丸を付け終えてから、達哉にレポートを返し、言った。 「サバイバル訓練なんか、おまえが本気を出してどうする。コロンビアじゃ毎日サバイバルだったろうが」  小川は腕を組んだ。 「飛行機から飛び降りるのは初めてでしたよ」 「初めてだとは思えなかったって、報告が届いてる」 「初めてでしたよ」 「怯えるフリでもしたらどうだ」  達哉は小さく肩をすくめた。 「一緒にいた人がすごく怖がってたんで、何だか俺が嘘つくのもできなくて」  小川は苦笑いした。 「このまえの自衛隊との訓練でも、おまえスカウトされたんだってな。警察やめて自衛隊に入らないかって」 「はい」 「断ったそうだな」 「はい」 「入りたかったか?」 「いいえ」達哉は小川をじっと見た。「入ってほしかったですか?」 「いや。おまえはここにいるのが一番いい」 「だと思って、断りました」 「米軍は楽しかったか?」  小川の質問に、達哉は少し考えた。 「そうですね、まぁ、楽しかったです。英語だったから」 「英語だったから?」 「言葉も違うし、料理も違うし、人も違うんで。あ、中尉、中尉はやっぱり軍に向いていると思います。自衛隊じゃなくて、米軍みたいなところが。中尉みたいな人がマスターにいました」 「俺みたいなって、どんな?」 「暴力的で、感情的な人ですよ」 「殴られたいのか?」  小川は煙草に火をつけた。達哉は休みの姿勢でそれをじっと見た。 「真面目な話、おまえを外に出すという計画もある」  小川は煙を吐いて、達哉を見た。本人は別に気にするでもなく表情を変えない。ポーカーフェイスはこいつの得意技だ。 「俺が反対したところで、たぶん大きな流れには逆らえんだろう。おまえを守れなくて残念だ」  達哉は首をかしげた。「守らなくてもいいですよ」
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