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春夏秋冬~秋~(過激表現あり)
秋。
汗がへばりつく嫌な夏が終わって汗をかくことも少なくなった。
相変わらずバディの二人は周りに遠慮なく言い合いをしている。
ただ、その雰囲気が少し前のような陰鬱なものではなく穏やかなものに変わっているのでもう誰もそれを止めなかった。
大庭は二人を見て思わずふふっと笑みが零れた。
「仲良くなりましたね、彼ら。」
「ああ。俺も嬉しいよ。」
悠を見つめる支倉はあっとあることを思い出して立てかけてあった分厚いファイルを取り出した。
「おい悠、今年はいつ行くんだ?」
「は?どこへ。」
「どこってお前…もう九月末だぞ。」
「九月…?あ、ああ…忘れてた。」
「今週末にでもするか?朧月には俺から連絡しておくぞ。」
「分かった。」
「どこ行くんですか?」
置いてきぼりにされているのをよく思っていない治樹が口を挟む。
その様子を見て支倉に耳打ちする。
「あの、あいつの分も…」
「お、おお。構わんが…」
またこそこそと話して。治樹はまた清涼菓子をポケットから取り出して苛立つままにかみ砕く。
悠は治樹を部屋の外へ呼び出した。
「10月は俺の親の命日なんだ。」
予想外の言葉に菓子をかみ砕く顎が止まる。
清涼菓子をごくんと飲み込んで彼の次の言葉を待った。
「いつもこのくらいに墓参りに行ってる。……だから、その…」
「俺も行きます。」
「……だと思った。」
いつもは電車だったが今年は治樹の車で目的の場所へ向かう。
ぼんやりと外を眺めていると去年までの景色とはどこか違う気がした。道を間違えたのかと思ったがそうではない。
いつも灰色だった外の風景に色がついたのだ。
「桶とかいらないんですか?あと供物も。」
「いらない。これだけでいい。」
仏花を少し束ねてもらい高台を目指す。
てっきり墓地があるのかと思ったがあったのは何もない展望台だった。眼下は海が広がる。
悠は新聞紙を取り外して仏花を海に投げ入れた。
「墓石なんてない。遺灰をここから撒いたんだ。」
「そうですか。」
秋の風は少し冷たい。薄手のコートを羽織ってきて正解だった。
しばらく二人とも無言で広大な海を眺めた。今までの人生を振り返るように。
悠はちらと隣を見る。
きっと今海が綺麗な青に見えるのは彼のお陰だ。
「母親は…最後まで俺を守ろうとした。」
「……」
「父親が無理心中をしようと俺を殺そうとしたとき、母親が俺に馬乗りになった。首をしめるふりをして耳元で死んだふりをするよう言った。」
「そう……でしたか…」
「二人の顔は思い出せない。でもこれだけは…忘れられないんだ。」
治樹が後ろから抱きしめる。彼の体温と鼓動が自分の体と一体になるような気持ちになる。
自分には愛しいと思える人は出来ないと思っていた。どうも自分に関わる人間は皆不幸になる気がして。
施設の花田(あの男)も自分と出会わなければ苦しむこともなかったのではないか。
今のところ支倉はそういうことがないようだが、治樹は分からない。いつか自分のせいで苦しませてしまうのではないか。
いっそのこと、この腕を振りほどいてしまった方がいいだろう。それが彼のためになるなら。
でもそれが出来ないくらい、この心地よさを覚えてしまった。
「さ、風邪引きますよ。行きましょう。」
「ああ。」
もう一度海を見る。やはり綺麗な海だった。
治樹の車に乗り込み次の目的地に向かった。
「悠ちゃん久しぶり~!それにこんな素敵なお友達連れてくるなんてすごいじゃない!あ、女将です~。悠ちゃんがお世話になってます。」
「いえいえ。宜しくお願いします。」
「俺の方が先輩なんだけど!」
朧月庵。老舗の旅館だ。そこの女将と従業員に部屋まで案内してもらう。治樹が先に歩き、後に続こうとしたとき女将がそっと悠を引き留めた。
「ねぇ悠ちゃん、彼は…恋人?」
「は!?な、は!?!?」
「良いのよ!愛に性別なんてもの必要ないもの!」
「ち、げぇよ!後輩!職場の!」
「ふふっ。それでもいいわ。」
女将の少し皺の入った手が悠の両手を包み込む。
「貴方は幸せになっていいのよ。」
痛いところをついてくる人だ。先ほど考えていたことを全て知っているかのような顔だった。
どう反応しようにも何も言葉が出てこない。
ただ熱くなった顔を俯かせて、「うん…」とだけ答えた。
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