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悠はスマホの画面をじっと見つめる。治樹からきたメールの文面だ。
明日捜査が終わり、この仕事はひと段落する。その足で悠の家に来るとの連絡だった。
久しぶりの一人きりの非番。掃除機を手に取り簡単に掃除をする。元々物のない家なので掃除はいつも簡単に済ませていた。
今日は少しだけ念入りに。
この一週間、きちんと食事もした。夜も眠れるようになってきた。自分の体がどんどん普通に近付いているのが分かる。
体重も標準少し下回るまで増え、体も少し鍛えるようになった。
治樹との出会いが自分を変えた。人生で一番調子が良いと思う。
だがふと不安になる。このまま幸せを感じていいのか、いつかどん底に落とされるんじゃないか。次こそ自分は這いあがれない気がする。
それだけ悠の中での治樹は隠せないくらい大きな存在になってしまった。
ここに越してきた時、驚くほど無欲のためただ口座に蓄積されるだけであった多額の貯金を少し崩して大きなベッドを購入した。
本当はこれもいらなかった。夜ろくに眠れもしないのに形ばかりの豪勢なベッドがあっても嫌味でしかない。
支倉にねちねち小言を言われて仕方なく買ったこのベッドに一人大の字で寝転がる。今では男二人寝るのにちょうどいい。特に長身の治樹にはこれくらいの大きさが良いのだろう。
ここで三日と置かず抱かれている身には一週間はだいぶ長かった。大きな手、ごつごつした指が体を這う感覚がまざまざと蘇るとどうも股間が疼いてしまう。
「……ん…」
緩いジャージの中に手を伸ばし、既に布を押し上げている中心を持つと小さく声が漏れた。
先端の割れ目から透明の粘り気のある液体がぷくりと顔を出し、感度を上げてくれる。
「ん、はぁ…」
(足りない…)
後ろにも手を伸ばす。何度も抱かれて柔らかくなったそこは悠の細い指などすぐに飲み込んだ。
治樹がよく弄ってくれるいいところに触れてみた。
「ああっ…!」
(気持ちいい、でも、違う…)
前立腺を執拗に弄りとろとろ先走りの溢れた雄を同時に攻め、果てる。
無事掌でキャッチし、シーツが汚れることはなかった。だがこのシーツを使うのが躊躇われ、結局剥がして洗濯機に思いっきり突っ込んだ。
虚しさだけがこみ上げ分かりやすく項垂れる。
(会いたい…会って、ちゃんと…)
時計を見ると既に午後3時をまわっていた。特に予定もないので再びスマートフォンを眺めようと手に取り着信に気付く。
支倉からだった。着信の数はゆうに20回を超えている。何かトラブルでも会ったのだろうか。
『悠、お前今どこだ。』
「どこって、家だけど…」
『落ち着いて聞けよ。鷹橋が撃たれた。今病院にいる。』
支倉の声がどんどん遠のくのが分かる。
ドッドッドと心臓の鼓動が鼓膜を破りそうなくらい爆音で脳内にまで響いた。
『おい、大丈夫か!?』
「容体は。」
『弾丸の摘出手術は成功した。意識はまだ戻らない。出血量が多く輸血もしたそうだ。場所は…』
電話を切って今置かれている状況を一つひとつかみ砕いて飲み込もうとした。
そこで今自分のやるべきことを一つひとつこなしていくのだが、バイクのキーを握った手が震えていることに気付きキーを床に落とした。
カンッという音が響いて転がったキーを見る。
(今、俺、動揺してる。)
頭はクリアなのに、脳と体が直結していないような感覚。それでも事故に遭うことなく無事治樹のいる警察病院に到着した。
受付で事情を説明し、彼のいるICUまで通してもらう。
突き当りを右に、と言われた角で待合室にたたずむ長身の男の姿が目に入り咄嗟に隠れてしまった。
(誰だ…?)
かっちりとしたスーツに髪型。50代後半とみられる男はじっとガラス越しに向こう側を見つめていた。
「警視総監、この度は自分たちがついていながら…本当に申し訳ございません!」
(ああ、父親か。)
男は直角90度のお辞儀をする一課の捜査員たちに労いの言葉をかけた。
「話は聞いている。倅が飛び出したんだ。君たちは悪くない。……大丈夫だ、下がっていい。」
捜査員たちは再び深々と謝罪の言葉と態度でその場を去った。
男がこちらをくるりと向く。とうに悠の存在に気付いていたようだった。
「君も会いに来たんだろう?」
徐に近付く。一応挨拶はするべきか、迷ったあげく軽い会釈をした。
「君が御子柴君だね?」
「あ、はい…」
「治樹から聞いていたよ。すごい先輩がいるって。」
「……ども…」
促され一緒にガラスの向こう側を見やる。酸素マスクをつけた治樹が眠っていた。両腕にたくさん管が繋がれ、機械音に囲まれて眠る姿がより重症さを物語っている。
耐えられず背を向けた。
「だから私は反対だったんだ。治樹は警察官になるべきじゃなかった。」
「……?」
「兄二人と違い治樹は妻に似ててね。だからこんな危ない仕事に就いてほしくなかったんだよ。」
悲哀に満ちた目を治樹に向け、男はぽつりぽつりと独り言のように、だが悠にも届くように話し始めた。
「でも血は争えないな。一番正義感が強く、誰より警察官に憧れていた。……私には止められなかったよ。」
「あいつは親父に嫌われてるって思ってますけど。」
「ふふ、そうだろうね。なるべく関わらないようにしてきたから。そうでないとあの子を囲ってしまいそうでね…」
男は立ち上がりガラスに手をついて息子をじっと見つめた。その目には悔しさがこもっていた。
「親」という生き物をよく知らない自分でも分かる。彼の父親は彼を存分に愛している。それが伝わっていないだけだ。
男に再び軽く会釈をして病院を飛び出した。このまま眠る治樹を眺めていても彼の具合がよくなるわけじゃない。それなら今自分の出来ることをしよう。
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