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(ここは…)
治樹はぼぅっと立っていた。周りは暗闇で自分の足元しか見えない。ただ暗闇に向かって歩みを進めなければいけない、そう後ろから押されているかのようにゆっくりと歩む。
この先に何があるのか、どうして自分はここにいるのか何もかも分からなかったが、今この歩みを止めるわけにはいかなかった。
(……子ども?)
粗末な衣類を身に着けた子どもだ。恐らく小学校に上がる前くらいだろう。顔は俯いていて分からない。
(誰だ…泣いてる…)
『さみしい』
少年の声が脳に直接届く。治樹はまたぼぅっと少年を見つめた。
『さみしいよ』
少年と目線を合わせて膝をつく。少年の頬に手を当てて顔をよく見た。
大粒の涙を零した少年は自分の頬に触れている治樹の手の上に自分の手を重ね、にこりと笑った。
「……!!」
見覚えのない白い天井と音量は大きくないが定期的に鳴り響く音が耳障りだ。
(ここはどこだろう…)
自分は今どうしてこのような場所にいるのだろうと記憶を思い起こしている。身体が重く起き上がれないが、意識が戻ったことに看護師が気付き、声をかけてきた。
「鷹橋さーん、分かりますかー?今先生呼んできますね!もう大丈夫ですよ!」
暫くすると医師が来て伏せたままの治樹を診察する。傷の具合も大丈夫だね、あと数日入院してすぐ退院できるよ。医師はにこりと微笑んでそう言った。
すぐに看護師から職場や家族に連絡がいったらしい。器具を取り外して一般病棟に戻ると父親が待っていた。
「……ご迷惑を」
「治樹…!無事で良かった…!!」
看護師はその場を後にして、個室の重い扉を閉める。見舞客に少し待つよう指示をしてナースステーションに戻って行った。
「父さん…」
「お前に何かあったら母さんに顔向けできない。ああ、そろそろ来るんじゃないか。」
「お取込み中失礼しまーす。すんませんねぇ親子の感動の再会を邪魔して。」
「またそうやってチャチャを入れるんじゃない、支倉。」
「室長…」
「とりあえずお前いつまでも車いすじゃあれだ。ベッドに寝たら?」
ベッドに横になってリクライニングのスイッチを押す。支倉と大庭があれこれ入院の支度を手伝ってくれた。
意識が戻って漸く色々と思い出してきた。一緒にいた多々良は大丈夫だったか尋ねると、彼も少し怪我をしたが幸い軽傷で済んだのでもう現場復帰しているとのこと。
「まさか子ども庇って撃たれるなんてねぇ。」
「本当!でも子どもの命は無事よ。今施設で保護してる。安心して。」
「はは……なんでしょう、咄嗟に体が動いちゃって…」
「ヤク中の相手は気をつけなきゃだめだぞ。あいつら正常な思考してねぇんだから。」
「気を付けます。あ、父さん、俺警察辞めないからね。圧力かけても無駄だよ。」
「分かってる…お前の頑固さは兄さんたちの二倍も三倍もあるからな。」
「で、203号室の鈴木さんが……あら?」
「どうかしました?」
「今そこに誰か居たよね?…鷹橋さんのお見舞いかと思ったんだけど違うのかしら。」
「さぁ…」
病院の地下駐車場で一人蹲る。バイクの鍵をさそうにも手の震えと視界のゆがみから中々うまくいかない。
(俺のせいだ…俺と関わったからあいつはあんな怪我したんだ…)
(もうこれ以上一緒にいられない…消えなきゃ…)
やっとかかったエンジン。バイクに跨り夕闇の中を走り去っていった。
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