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「出たぞ。」
治樹はフロントに電話をしていたようだった。悠に気付いて早々電話を切り、近付いてくる。
びくっと震えると頭にかぶせていたバスタオルを取って髪の毛をわしわし乱暴に拭く。
「風邪引くよ。ちゃんと乾かして。」
ドライヤーをセットして治樹のごつごつした男らしい指が悠の髪をすくった。
その手つきが懐かしく、心地よい。
瞼が重くのしかかってくる。そういえばここ数日は睡眠時間を削って部屋の整理などしていてろくに寝ていない。
「…?あれ?御子柴さーん。…寝てる。」
すーすー寝息を立てている。抱えてベッドに寝かせた。
ローブの中からピンク色の乳首が顔を覗かせている。治樹はセルフビンタで本能に打ち勝った。
その間にシャワーを浴びてこの後のプロジェクトの支度をする。といっても少し整理するくらいだが。
時刻は夕方4時。この時期日は短くもうすぐ暗闇に包まれる。あと数時間は寝てくれるだろうか。
「……人の気も知らないでこの人は…」
禁欲生活は既に二週間。もう限界は超えている。彼女といるときは月に数回だったのに、悠といるようになってからは三日と置けない。
自分がここまで性欲に塗れた男だとは知らなかった。でもまだ24。年齢的にはまだまだだろう。
今夜は何回出来るか。いつも彼がふらふらになるか気絶するまで事に及んでしまうのでよく叱咤される。今夜は自分の気が済むまで付き合ってもらおう。
口元に笑みを浮かべつつ、ソファーに腰掛けてスマートフォンを弄り始めた。
「……ん…」
天井が見える。暗い室内が視界に入った。慌てて起きて時間を確認すると既に午後7時近かった。
「もう夜!?」
「あ、おはようございます?こんばんは?なんでしょうかね。」
「え、何、これ…」
「ちょうどいいところで起きてくれました。どうですか?綺麗でしょう。」
治樹はたくさんのキャンドルとオードブルなどが乗ったカートを見せた。キャンドルの一つひとつに灯りがともる。
そのゆらゆらとした暖かい光が寝起きの頭を覚醒させた。
「ルームサービスです。」
「ルームサービス!?!?」
どんなルームサービスだ!と言葉を飲み込んでそれに近付いた。
一度絵本で読んだことがある。クリスマスにはこうしてご馳走を作って家族でお祝いするのだと。まさに絵本で見たものそのものだった。
「すごい…綺麗だ…」
「喜んでもらえてよかった。ほら、あっちも。」
指さす方向を見るとホテルの窓の向こう、息を飲むような夜景が広がっていた。
100万ドルの夜景、とまではいきませんけど。と治樹が付け加えたが今までこういうものを見たことがなかった悠はこれでも随分と言葉を忘れる見事なものだった。
「これ、お前が作ったのか!?」
「は?んなわけねーでしょ。これは一つひとつが人工の光ですよ。」
「へぇ……」
とんちんかんなことを言ってくる悠が可笑しく愛おしい。
後ろから抱きしめて顎を取り、キスをした。
かっと赤くなる悠がますます愛らしくなりついやりすぎてしまう。
「んっふぁ…ま、て…」
「メリークリスマス。」
(一緒に見れて良かった。)
この雰囲気をもう少し堪能したかったが、料理が冷めては味気ない。キャンドルを消してライトをつけようと悠から離れると、左腕をぎゅっと掴まれた。
「あ、待って…」
「え?」
「あ、その…」
もうすこし見たかったのだろうか。思案していると悠の口がたどたどしい言葉を紡ぎだした。
「俺は、人を好きになるってことがよく分かんねぇ…お前は強引だし…俺のことたまにバカにするし…むかつくこともあるけど…」
あるのか、とふっと笑う。
「でも、お前といるのは…嫌じゃない…いや、違う…その、あの…い、居心地がいいっていうか…だから…」
(言わないと、ちゃんと。)
「それが、好きってことなら…たぶん俺は…お前が…その…す…きってことなのかもしれない…」
恥ずかしさで死にそうだ。いや、これは恥ずかしさというより恐怖だった。求めたものに拒絶されるかもしれない恐怖。
悠は思う。きっと自分は怖かったのだ。治樹に拒絶されることが。
「悠さん。こっち見て。」
名を呼ばれ少し高い目線を合わせる。
治樹も少し頬を紅潮させて悠の腕を引いた。
「遅いよ。ずっと待ってたのに。」
「うるさい…」
「今すぐ抱きたいけど、お腹空いたでしょ。先に食べましょうか。」
「食う。」
「ケーキは最後だよ。」
「俺それだけでいい。」
「ダメ。」
サラダも取り分けてテーブルに並べる。この短時間でこんな豪華なものが手配できるなんて、目の前の男が少し恐ろしくなった。
そういえば、悠が周りにびくついていた時治樹はフロントで何か見せていたようだ。カードのようなものを。一瞬あれが何か聞こうかと思ったが自分には縁のない話だと思いサラダをかっ込んで消費することに決めた。
味覚が戻ってから一番好きになったのは甘いものだった。特にスイーツと呼ばれる洋菓子を気に入り気付くと一人でホールケーキを食していたこともある。それが治樹に見つかりこっぴどく叱られ、甘味の摂取は制限されることになった。
「ほら、食ったぞ。それ寄こせ。」
「はいはい。イチゴいる?」
「いる。」
大好きなケーキをほおばる姿が小動物のように見え、頬が緩む。相手はそれが気に入らなかったようでこちらを睨みつけていたが口の端にクリームをつけていては怖さ半減だ。
フロントを呼んで食事のカートを片付けさせる。小さなライトだけを付け、あとは全て消灯した。
悠の寝そべるベッドに腰掛けた。
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