春夏秋冬~春~(過激表現、無理矢理、暴行表現あり)

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「いやぁ今回は軽くて良かったわ。」 「ですねー意識ありましたもん。」 「俺が精いっぱい止めたんですよ。ほめてください。」 「あの!!」 この数時間何もかも置いてきぼりだ。配属されてまだ半日すら過ぎていないのに今までの一年分より濃い時間を過ごしたと思う。 「説明してください…」 「ああすまんすまん。えーと、何が聞きたい?」 「全てです。まずあの人は何なんですか。」 「悠?うちの人員だよ。御子柴悠。ちょーっとやりすぎちゃうのが玉に瑕かな。」 「ちょっと!?ちょっとじゃないですよね!?」 あんなことがあったのに、ここにいる治樹以外は全員デスクに向かい各々仕事をしている。 仕方なく机に戻り荷物の整理を再開した。ちらりと隣を見るとやはり蛻の殻。彼はまたどこかに行ってしまったのだろうか。 はぁと重いため息をつくしかない。段ボールの中を漁り、必要なものをデスクに仕舞い始めた。 「今夜は鷹橋の歓迎会やるか!」 「いいっすね!久しぶりに飲みましょー!」 「じゃぁ私会場押さえますね!」 「え、あ、ありがとうございます。」 「大庭ー悠にも一応声かけといて。」 「んーでも…まぁ一応声かけておきます。」 まぁきっと来ないだろうな、と心の中でぼやく。 あまりかかわりたくないと正直思う。だがこの少人数だ。関わらずにはいられなさそうだ。 五分後に大庭から会場と時間だけ伝えられ、各自現地集合と相成った。 「それではー鷹橋警視総監のご子息の入室を歓迎致しまして…かんぱーい!!」 生ビールの入ったジョッキが四つ、小気味良い音を立ててかち合った。 ご子息云々は支倉なりのジョークらしいが治樹には迷惑甚だしい。父親には息子とも思われていないのだから。 「まぁなんつーか、あれだ。俺は忖度しない主義だからな。すまん。」 「その方がありがたいです。」 「鷹橋くんは前どこにいたの?やっぱり二課?」 「いや…三課です。」 「お、じゃぁ俺の同期がいるところだな。知ってるか?名前は…」 メンバーのことなど覚えることもない。その場にいても仕事が来ないのだから。 一応形だけでもと捜査会議には参加するが結局捜査に参加させてもらえない。そんな腫れ物に触るような対応をされた一年だった。 「親父に直談判したんです。規則違反ですけど…」 「どうしてうちになっちゃったんだろうね。まぁでもやりがいはあるよ。キツイけど。」 「ええ。お荷物にならないように頑張ります。」 「そうそう、今後なんだけどな…鷹橋、お前悠とバディ組んでやってみろ。いろいろ勉強出来るぞ。」 生ビール一つ、と店員を呼び止める。それと同じくらい軽いタッチでそう言われたことを暫く呑み込めなかった。 あの男とバディ?とんでもない。多々良もさすがに、と口を出す。 「室長それはちょっと酷じゃないすか?まずは俺か大庭さんと組んだ方が…」 「私もそう思います。彼には無理です。」 「お前はどう思う?」 タバコを取り出して火をつけた。紫煙を吐き出す支倉をじっと見て治樹は少しの間考える。 自分には荷が重すぎるだろう、断れ俺…と思う自分と新しい世界に飛び込みたい自分の間で揺れ動く。 「俺…やってみます。」 「マジで?無理すんなよ~ほら室長のせいですよ~」 「何でよ!自分からやるって言ってんだからいいだろ!」 「とはいえ、御子柴くんが了解しますか?」 「いいんだよあいつは。はい決定!明日からお前ら二人で行動な。大庭と多々良は個人でそれぞれ案件抱えろよ。」 「うっわ。ひで。」 「あ、すみません。うちの旦那迎えに来ましたので私はこれで。お金多々良くんに渡しておくね。」 大庭の後に多々良も電車の都合で店を後にした。 治樹も帰ろうとしたのだが、支倉に捕まり帰るタイミングを逸した。 「悠のことなんだが…」 「はい。」 「あいつが暴走したらお前全力で止めてくれ。」 「は、はぁ…俺、出来ますかね…」 「そこは全力だ。…ちょっとわけありでな…」 再び紫煙をくゆらせ、その横顔は少し愁いを帯びていた。 わけあり。確かにまともな人間には見えなかった。何か無い限り、あんな奇行には走らないだろう。 「……何。」 「いえ……室長からここに来いと言われまして。」 御子柴はジャージを着ている。他の職員は皆きちんとスーツを着ているのに。 バディ生活がスタートした。手始めに、と指示された場所に向かう。そこには一台の黒い車が駐車していた。 ナンバーと車種を確認して助手席の窓をこんこんと叩く。 運転席には不機嫌そうな男がより不機嫌さを増した顔で出迎えてくれた。 「宜しくお願いします。」 「……」 無視。むしろこちらをちらりとも見ない。重苦しい空気が車内に充満する。 御子柴はじっと一軒の家を睨みつけている。どうやら今回の案件はこの家なのだろう。 昨日のような古びたアパートではない。閑静な住宅街にたたずむ一軒の綺麗な戸建てだ。 見る限り庭も手入れされており他の家と何も変わらない。ここで虐待が行われているなんて信じられない話だった。 外からは何も見えない。何をしているのか聞くことも出来ない。 ただ時間ばかりがすぎる。 時計を見ると午後1時。その時、御子柴が動いた。 一人で車から離れる。慌てて後を追うもすぐに姿を見失った。 ずっと睨みつけていた家に向かうとガンガンと足で扉を蹴破ろうとしている御子柴がいた。 「な、なにやってるんですか!!」 「オラァ!!開けろって言ってんだ!」 どっちが悪人だ。こんなところを近所に見られれば通報されかねない。御子柴を後ろから羽交い絞めにして玄関から引き摺り離す。 「何してんだテメーは!」 「…痛!!」 拳が右頬にクリーンヒットする。中が切れて血の味がした。 御子柴は再び玄関に向かいドアを破壊することに成功したようで、勝手に中にずんずんと入っていく。 痛む右頬を押さえながら後を追った。 だが中に入り言葉を失う。先ほどの外から見ていたような綺麗さは無い。 部屋の中は先日の部屋のようにごみだらけで悪臭が漂う。ここに人が住んでいるのだろうかと疑いたくなるくらいだ。 即席めんの容器やペットボトルの散乱する廊下を抜けてリビングに入る。誰もいない。 御子柴を探すと子どもの泣き声が聞こえてきた。二階だ。 「え…?」 そこでは幼いきょうだいが泣きじゃくっていた。 一人はまだ歩けない赤ん坊で、少女がその赤ん坊を懸命に抱きかかえていた。 「親は。」 「わ、かんない、ママ、ママー!」 「おいお前。」 「はいっ」 「連絡。」 「え?」 「児相だよボケ。」 そんな言い方しなくても。イライラする指で登録したばかりの児童相談所の番号に入電をした。 それから十分ほどして車が到着し、先日会った女性とは違う女性が二人を連れて車で去った。 結局この日二人の親らしき大人とは会えず、そのまま部署に戻ることにした。 さきほど殴られた傷がじんじんと疼く。 しかしやった本人はどこ吹く風で、すでに次の案件に取り掛かろうと一人バイクに跨って去ってしまった。 スーツのポケットを弄ると鍵が出てくるので一体どこで仕込んだのだろうと重いため息をつきながらそうぼんやり思った。
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