春夏秋冬~春~(過激表現、無理矢理、暴行表現あり)

3/5
前へ
/23ページ
次へ
五月。『念願叶っての異動だ。なんとか我慢しよう。』そう心に決めて一月経ったのだが御子柴との連携は崩壊を極めており最早身も心も限界だった。 確かに警察官らしい仕事をしていると思う。けれど彼の傍若無人な振る舞いに頭を下げて歩くのは警察官の仕事じゃないだろう。 その間にも先日、二番目の兄が昇進した。警部補らしい。きっと父は大層喜んでいるだろうと思う。 記録をとるシャープペンシルの筆圧が必要以上に上がってぷちっと芯を折った。何度も。 見かねた大庭から昼食の誘いを受ける。御子柴のことを話すと熱心に聞いてくれた。しかし彼女もまた、あの男を矯正する力を持ち合わせていないらしい。 はぁとため息をつく。そういえば彼は今日ここにきていない。また一人で張り込みに行ってるのだろうか。もう追いかけるのは疲れた。 支倉も何もいってこない。今日はここで内勤することにしよう。自分なんていなくても御子柴には変わらないのだから。 「……くそっ」 そう考えるとだんだんと湯が沸騰するように怒りがぐらぐらと湧いてきた。どうして自分ばかりこんな目に遭わねばならないのだ。 どんなことも真面目に取り組んできたつもりだ。親に対する反抗だってしていない。上の二人の兄ばかり優遇され、どうして自分はこんなにも冷遇されなければいけないのか。 気付くと部署から離れて警視庁内をふらふら歩いていた。 この先には資料室がある。事件の資料や内部の人間の資料など膨大な情報が集まった大事な場所。特に用はないのだがふらりと入ってみたくなった。 あの男を知ることが出来るかもしれない。 「お、誰かと思えばお坊ちゃん。」 「…!先生、どうしてこんなところに…」 「何言ってんだよ。俺はもう定年。再雇用してもらったんだ。隠居の身にはちょうどいいぜ。」 男は治樹の警察学校の教師だった。久しぶりの恩師の顔に少しほっとする。 「そういやおめぇ異動になったんだってな。どこだ。」 「あ…えーと…虐待対策室です。」 「虐待対策室?ほー。上は誰だ?」 「支倉室長です。」 「支倉…ああ。あいつか…俺はあまり好かねぇなぁ。」 「どうしてです?」 手元にあった珈琲を一口含む。 「あいつは確かに要領がいい。いや、良すぎる。頭の回転が他の連中とはけた違いなんだ。それだけ随分とグレーゾーンに足を踏み入れてるって噂だぞ。」 「……へぇ。あ、このパソコン使っていいですか?」 「いいよ。でもそこには内部情報しかねぇぞ。」 「その内部を知りたいんです。」 カタカタとコマンドを入力し、検索ページまでたどり着くと御子柴の名を入力した。 「あれ?」 検索にヒットする人物は出てこない。漢字を間違えたのかと思いひらがなで再度入力するも結果は同じだった。 「ここに出ない警察の人間っているんですか?」 「は?いねぇはずだけど。ここには全員の情報が入ってるし、なんならショカツの奴らも載ってるぜ。ほら。」 確かに警視庁内だけでなく東京都で勤務する警察官は全て掲載されているようだ。 おかしいと思い今度は名字だけ、そして名前だけで検索する。 「……?支倉…?」 「お前誰探してん……うわ、支倉悠じゃねぇか。」 「知ってるんですか?」 「お前…こいつは俺の教え子の中でも史上最悪のクソガキだよ。お前の上司の息子だ。義理だがな。」 「は?義理の息子?」 こんなこと聞いていない。彼は確かに御子柴で部内では通っている。支倉からもそのような前情報は聞かされていなかった。 何もかも予想外だった。 パソコン画面に映る目つきの悪い男は確かにあの御子柴だった。 ここのページを印刷したところで先ほどの恩師は昼休憩に行ってくると言って治樹を一人残し、去って行った。 御子柴悠の名をもとに事件の情報を探る。支倉はわけありと言っていた。その手がかりがつかめるのではと資料を漁った。 すると芋づる式とはまさにこのことで、彼に関するものが次々に出てきたのだ。 「……ふぅん…」 関連書類を全て印刷して鞄にしまう。ちょうどその時恩師が帰ってきた。 一言礼を伝え、資料室を後にして部署に戻ると珍しく御子柴がデスクに向かっていた。 何をしているのかと思えばパソコンで不器用に人差し指で文字を打っている。苦手なんだろうか。スマートフォンを操作しているのも見たことがない。 俗世とは決別しているような生き方だ。 「お疲れ様です。」 ちらりとこちらを一瞥し、一言も発さずにまたパソコンの画面に目を向けた。 (無視かよ…) 机を漁って清涼菓子を取り出す。五粒ほど手に取りガリガリとかみ砕けば少しこの苛立ちもおさまるかと思った。 その治樹の様子を心配そうに多々良と大庭が見ていた。 「すみません、俺もう上がっていいですか。」 「え、ああ。そうだな。たまにはちゃんと定時で帰らんとな!」 「失礼します。」 鞄一つ手にして無言で立ち去る。 スマホで自宅の連絡先をタップする。短いコール音が鳴り響く。 家政婦すら取らないとは恐らく留守なのだろう。 すると一番上の兄から連絡が入る。今日は二番目の兄の昇進祝いだと。店のURLも届いたがそれには返信せずそのままネクタイを緩ませ、近くの飲み屋街をぶらついた。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

109人が本棚に入れています
本棚に追加