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翌々日。部署に出勤すると悠はもう張り込みに行っていると言われて支倉から場所の指示を受ける。
その際に口元の怪我について触れられた。
「お前どうしたそれ…悠と何かあったか?あいつも少し様子が変でな…」
「すみません…実は…結構大ゲンカしちゃって…あ、でも大丈夫ですよ!このまま組ませてください。上手くやってみせますから。」
その笑顔を見た支倉だけでなく、残りの二人もほっと胸をなでおろす。
警視総監の息子に何かしてしまったとバレた日には皆の首が危ない。
指示を受けた場所へ向かうと黒いコンパクトタイプの車が駐車してあった。
治樹は上がる口角を抑えられないといった様子で車に近づく。
助手席のドアを開くと御子柴はこちらを一瞥し、また標的の家を眺めていた。
(ふぅん…何事も無かったかのように振る舞うんだ…)
「お疲れ様です。これ室長からの差し入れです。どうぞ。」
「いらない。」
「えーそんなこと言わずにほら。想い人からの贈り物ですよ…?」
腕を掴むと分かりやすい反応が返ってくる。
(そうだろ、もっと怖がれよ。)
震える手に菓子パンを持たせた。
ぱっと手を離して自分も買ってきた缶コーヒーに手を伸ばす。
「大丈夫ですよ。さすがに職務中に手は出しません。」
「……お前いつかぶっ殺す…」
「警察官の台詞ですかそれ?」
「お前に言われたくない…」
おー怖いと大げさに茶化してみる。それからは無言の時間がゆったりと流れた。
微動だにせず家を見つめている。
以前ならどうしてこんな風に仕事にのめり込めるのか不思議でならなかったが、過去を知った今はそれがよく分かる。
死んだ親への復讐だろう。
薬物中毒の両親の間に生まれてしまった子。ろくに世話もされずによく六歳まで生きられたもんだ。生命力はあるのかもしれない。
体を売って生きながらえて今こうして警察官として生きている。人生何があるか分からないのだな。
治樹には正直無縁すぎる世界だ。
標的の家から親子が出てきた。治樹は悠に家族データを渡す。
そこには慣れない育児に奮闘する若い母親がいた。確かに子どもに対して強い口調で当たることもあるが、反抗期の子どもを精一杯育てている様子がうかがえる。
遠目ではあるが虐待されているような傾向も見られない。
「シロ…」
「ですね。どうしますか?本庁戻りますか?あ、俺運転しましょうか?」
「は…?いいよ…おい、触るな!」
「何もしませんよ。あんたの顔色悪すぎ。事故でも起こされたらたまったものじゃない。」
無理矢理運転席から引きずり降ろして助手席に座らせる。
治樹はエンジンをかけ車を本庁の方へ向かわせた。
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