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楽しい思い出はたいてい雨に流される。
それが生まれながらの性質ってやつだった。
昇降口で上履きに履き替えて教室へと向かう。こう言うともしかしたら朝の登校風景を思い描くかもしれない。だけどそうじゃない。いまは放課後だ。帰宅部のみなさんはそろそろ校門を出たくらいのところで、部活のあるみなさんはそろそろ活動を開始しようとしている、それくらいの時間。おれだって本来ならとっくに家に向けて歩いているところだ。それがどうしてこうして教室に向かっているのかと言うと、単純なことで、忘れ物をしたからだった。
やれやれだよ。
教室に到着し、1年2組の扉を開けた。てっきり誰もいないと思ったが、本を読んでいる生徒がひとりだけいた。廊下側の一番後ろの席。室内であるにも関わらず顔が隠せるほどツバの広い帽子を被り、手には手袋をしている女の子。それだけ特徴があればすぐにわかる。同じクラスの西園茜だった。
「あれ、倉内くんじゃない。どうしたのー?」
こちらから話しかける気はなかったし忘れ物を回収したらさっさと帰ろうと思っていたのだが、予想外に向こうから話しかけられた。しかも人懐っこい笑顔付きで。そこまでされたらさすがに無視するわけにもいかないので、おれは返事をした。
「いや、ちょっと忘れ物をしちゃってさ」自分の机から教科書を取り出して言った。「ほら、数学の宿題、出てただろう?」
「ああ、そうだった! わたしも忘れるところだったよー。ありがとう」そう言うと西園も机の中を物色しはじめた。
ここにも忘れている生徒がいたとは。
宿題忘れは多いかもしれませんよ、先生。
「ああー、でもいまやっちゃえばいいかなあ。まだまだ時間はあるし」
「西園は何か待っているのか?」
ひとり言のようなセリフにおれはつい反応してしまった。
西園が答える。
「ほら、日が暮れないと外に出られないからさ」
そうだった。
西園茜は、太陽の下には出られないんだった。
入学式があり、高校生活がはじまったのは、つい2週間ほど前のことだ。背の高い人・低い人、髪の長い人・短い人、見た目が派手な人・地味な人、いろんな生徒が集まる中で西園茜は特に目立っていた。なにしろ教室内で帽子と手袋をしているのだ。ついでに言うと制服の下にはタートルネックのTシャツ、足にはスパッツだかレギンスだかを履いているから、肌が見えるのは顔くらいしかない。クラスにひとりやふたり目立つ人はいるものだろうが、こういう目立ち方をする人は珍しいと思った。
その格好はファッションだろうか。
なんとなくだけれど、お嬢様みたいだな。
それについては謎というわけでもなく、自己紹介のときに西園本人から説明があった。ひと通りふつうの自己紹介をしたあとで、付け加えるように。
「えっとそれでですね」と西園は言った。「じつはわたし、日差しを浴びることができないんです。太陽アレルギーみたいなものと言えばわかりやすいかな? なので日中、特に晴れの日は外に出られません。この帽子や手袋は日よけのためにしています。外に出るときは日傘もさします。そんなわけで、ちょっと変な体質と格好のわたしですが、よろしくお願いします。ちなみにヴァンパイアじゃないよ!」
最後の言葉に数人が笑ったが、ほとんどの人は戸惑っているようだった。いや、単にすべっただけかもしれないが。
「えー、というわけでね」と補足したのは担任の先生だ。「西園さんの席は日光が当たらないよう特別に窓から離れた席にさせてもらっています。西園さんがふつうの高校生活を送れるように、みなさんもご理解ご協力のほどよろしく」
「よろしくお願いします」西園は再び頭を下げた。
太陽の下に出られない女の子、西園茜。
その笑顔を「お日様のような」と比喩するのは、皮肉になるのだろうか。
「日暮れって何時くらい?」
数学の教科書をカバンにしまいながら訊ねると西園茜は、「6時15分くらいかな」とすぐに答えた。
「2時間近くあるじゃないか。それまでひとりで待つのか?」
「倉内くんが帰ればそうなるね」
「もしかして、高校がはじまってからずっとそんな感じなの?」
「あ、いまかわいそうな人だって思ったでしょう?」
「いや、別に思ってないけど」本当だった。
「いいもん、どうせわたしはぼっちだもん」
「そんなことは誰も言ってない。少なくともおれは言ってない」
他の人が何を言っているのかなんて知ったこっちゃない。
「まあいいよ。友達を作るのにはいつも時間がかかる」と西園は言った。別に卑屈でもなく、どちからと言えば平然と。
「ふうん」だからと言うわけではないがおれも平然と返した。
西園にもいろいろあるのだろう。
知ったこっちゃないけれど。
「ねえ倉内くん、暇ならちょっと話し相手になってよ」
「ほう?」
じつはそろそろ切り上げて帰ろうかと思っていたのだが、先手を打たれた。おれの気持ちを読んでのことなら大したものだ。
まあ、偶然だろうが。
「いや、読書の邪魔になるといけないからもう帰るよ」
「わたしのほうから話し相手になってって言ってるのに?」
「近所のスーパーで卵が特売なんだ。早く行かないと売り切れちゃう」
「倉内くんってそんなに家庭的だったんだ」
「まあ、ウソだけど」当然、ウソだけど。
「なによー」西園は口をとがらせた。
おれと違って感情表現がゆたかなこと。
まあ、いいか。
おれは彼女の斜め前の席に座ってみた。特にわくわくもしない、ちょっとした気まぐれで。それでも西園はうれしそうに「ありがと」と言った。
「でもさあ、座るならふつう隣か前の席じゃない? なんで斜め前かなあ」
「これは西園との関係性を表しているんだ。隣に並ぶほどでもなく、向かい合うほどの仲でもないという」
「そんなこといちいち考えて席を選んでいるの?」
「本当は女の子の近くに座るのが恥ずかしかっただけだよ」
「どちらかというとそっちのほうがウソっぽいよ」
「そう思う?」
「だってさあ、倉内くんっていつも無表情なんだもん。あまりそういうの感じなさそうって感じ」
おれはにっこりと作り笑いを浮かべてみた。
西園は「不自然で怖いよ」と言った。
「不気味の谷のロボットみたい」
ひどい言われよう。
「無表情なのはそういう性質だからだよ。表情筋が死んでいるんだ」
殺している、と言ったほうが正確だけれど。
おれにも無表情という自覚はあった。
「いま作り笑いしてみせたばっかじゃん。表情筋、生きてんじゃん」
「あれが1日の限界だ。おかげで明日は筋肉痛だな」
「顔の筋肉痛なんて聞いたことないよ!」
「そういえばおれも聞いたことないな」
筋肉があるのなら筋肉痛になってもおかしくなさそうだけど。
「性質としては無表情よりもウソのほうが強い気がするな」と西園が言った。
「人にはいろいろな性質がある」
「それはそうだけどねー。倉内くんがこんなにおしゃべりだとは思わなかったし」
「おしゃべりは人類に与えられた特権だからね」これは適当な戯言。
「それなのにどうしていつもひとりなの? 話してみてわかったけれど、ふつうとは言わないまでも友達できそうな感じなのに。表情が死に過ぎているからかなあ」
「さらっと失礼なことを言うな。わたし、友達作れないんじゃなくって、作らないんです」
「なんでー? いいじゃん友達、作りなよ」
「そう思うなら西園が作ればいいじゃないか」
「わたし、作らないんじゃなくって、作れないんです」
さらっと自虐しやがる。
「そういえばさっきも言っていたな、いつも時間がかかるって」
「そうなのよねー。性格が悪いからかな」
「そんなことはないと思うけど」
「わたしもそう思う」
「急に自信満々だな」
「冗談だよ! まあ、たぶん体質のせいってのはあるんだろうけどねー」
「体質って、日光を浴びられないっていう?」
「そうだよー。やっぱりふつうじゃないからねー」西園は世間話でもするように話しだした。「だってさ、おかしいと思わない? いや、体質そのものじゃなくってね。例えばだけど、先生がしたことを考えてみてよ。先生は特別にわたしを廊下側の席にしてくれた。帽子の着用も許してくれたし、他にもいろいろと特別な措置を取ってくれた。わたしがふつうの高校生活を送れるようにね。でもほら、もうおかしいじゃない。特別なことをしたら、それはもうふつうの高校生活じゃないでしょう? ふつうの生活ってふつうにしていたら送れる生活のことを言うんだよ、ふつうに考えたらね」
「そういうものか」
たしかに、特別なことをして得たふつうって、矛盾している気もしなくはないけれど。
「これじゃあみんなだって混乱するよ」と西園は続けた。「特別に接したらそれはもうふつうじゃない。だけど本当にふつうに接したらそれはそれで問題になったりする。ふつうに外を歩けよなんて言われてもわたしにはできないんだから。じゃあどう接するのがふつうなの。正直に言うと、わたしにだってよくわからないんだよ。みんなに特別扱いしてほしいのか、ふつう扱いしてほしいのか。そこは特別に配慮してよって思うときもあるし、そこはふつうに接してよって思うときもある。めんどくさいよね。だからみんな避けがちになるんだと思う。様子見っていうかさ。どう接するのが模範解答なのか、探っている感じ。まあ、そもそもそんなめんどうな人とは付き合いたくないって人もいるだろうし、単純に雰囲気や性格が合わないって人もいるだろうけどねー」
話しの内容は重めだったが、西園の口調はのんきだ。
おれがうなずいて話しを促すとさらに続けた。
「でも考えてみたらさ、人ってみんな多かれ少なかれズレてるじゃない? 自分がされたらうれしいことを人にしなさいなんて言うけれど、何に対して怒るかとか何をされたらうれしいかとか、みんな違うんだからそう単純じゃない。だからお互いに気持ちをすり合わせることが必要なわけよね。いや、もしかしたら違いなんか無視して『自分がされたらうれしいことを人にしなさい』で通じ合う人たちのことをふつうって言うのかもしれないけれど。そんな単純で済むようにふつうの枠に収め合っているのかもしれないけれど。まあそれはともかく。人それぞれ違うんだから多かれ少なかれすり合せは必要だと思うんだ。それで言うとわたしの場合はどうしたって体がふつうじゃないから、ふつうよりもズレが大きいから、すり合わせが大変なのよね。これまでの常識が通用しないって言うかさ。だから仲良くなるのに時間がかかるんだよねー、きっと。でもなんて言うのかなあ、結局は誰が相手だろうと気持ちをすり合わせてみてどうかっていう話しなわけで、価値観や習慣が違う人と仲良くなれるかっていうのと同じだと思うんだよ。仲良くなれる人はなれるし、なれない人はなれない。誰でも許容範囲ってのがあるし、相性だってある。そう考えるとわたしもそんなに特別じゃないなって思うんだよねー。個性が強いだけって言うかさ。まあ、ただの自己満足かもしれないけれど」
「ふうん」とおれは無機質な返事をした。
こういうのを記憶ではなく記録と言うんだろうか。
同情もなければ反発もない。
心は動かず、ただ言葉だけが脳みそに刻まれていく。
「というわけで、倉内くんとはもっと話しをしなくっちゃだね!」と西園は勢いよく言った。
「なんだいきなり」
「すり合せが大切って話し。いいじゃない、こうして放課後に出会えた縁なんだからさ。もうちょっと話しをしようよー」
なんだこいつ。だいぶ話しも聞いてあげたしそろそろ帰ろうかなと思っていたおれの気持ちを読んだのか?
これも偶然だよな。
「わかったわかった。で、何について話すんだ?」
「そう言われると困るなあ」
「じゃあ帰りまーす」
「わわっ、ちょっと待って! えっーと……、えっーと……、そうだ! 趣味について話そう! 倉内くんの趣味は?」
「アリの行列を眺めること」
「それっておもしろい?」
「最高におもしろくてエキサイティングだ。オリンピック種目にしてもらいたいくらい」
「それってウソだよね」
「まあ、ウソだね」
「すり合わせる気ある?」
「愛したければ愛しなさいという格言がある」とおれは言った。
「愛されたければ愛しなさい、じゃなくって?」
「ああ、間違えた。それそれ。愛されたければ愛しなさい」
本当に間違えた。
まあ、愛したければ愛しなさいという格言があっても構わないと思うけど。
「つまりだな」とおれは言った。「趣味を教えてもらいたければ、まず自分の趣味を言いなさいってわけだ」
「それなら、人に名を訊ねるときはまず自分から名乗れ! のほうが近くない?」
「おお、それそれ。冴えてるじゃん」
「とにかくわたしの趣味を言えばいいのね」と西園はなかば呆れながら言った。「そうだなあ、まず読書かな。小説とか、マンガも読むよ。あとこれを言うとなぜか意外だって言われるんだけど、テレビゲーム。ゲームはインドア派の味方よねー。少なくともアリの観察よりはオリンピック種目に近いと思うし」
「アリの行列は忘れろ」
「でももっと意外な趣味があってね、散歩なんだけど」
「へえ、夜の散歩か?」
「ううん、昼の散歩」
おれは訝しんだ。
はて、昼は外に出られなかったのでは?
その疑問を読み取ったのか西園はにやりと笑った。
「じつはねー、雨の日ならちょっとくらい外に出ても平気なんだよ。もちろん日よけ対策はばっちりしていくけれどね」西園は楽しそうに言った。「昼っていろんなものが活動的でさ、見ているだけで楽しんだ。世界が明るいとなんとなく気持ちも明るくなるしね。好きなんだよー、お昼の散歩。本当は日差しの降り注ぐ中を歩いてみたいんだけれどさ、そこは仕方がないから雨の日で我慢。これもすり合せの一種だね。この世界とのすり合せ。まあ、だから、雨が嫌いだっていう人も多いけれどわたしは好きだよ。休みの日が雨だと朝からウキウキしちゃう。今日は散歩に行けるなあって。なんだけどさあ……」
西園は急にシュンとなった。
「ここ最近、休みの日に限らずずっと晴れているのよね。困っちゃうよー」
「困るって、何かあるのか?」
「桜だよ桜。ほら、北之上公園の桜っていまが見頃じゃない? したいんだよねー、お花見散歩。だけどぜんぜん雨にならないからさ。そりゃあふつうならお花見は晴れのほうがいいし、みんなは迷惑どころかありがたいと思っているんだろうけど、1日くらい雨の日がほしいよー。桜雨がほしいよー」
なるほど。西園にとっては雨の日こそがお花見日和というわけだ。
太陽の下に出られない女の子、西園茜。
でも雨の日なら昼間でも外に出られる、か。
それなら。
なんて、おれは思ってしまった。
「雨、降らせてほしいか?」おれは西園に訊ねた。
「え?」西園はきょとんとした。「何? そんなことできるの?」
「じつはおれ、雨男なんだ」
少し間を置いてから西園は噴き出した。腹を抱えてとまではいかないまでも、けっこうな大笑いだ。
「何それ、本当に? またウソじゃない?」
「これは本当」おれは素っ気なく言った。「小学生のころの同級生に聞けばわかるぜ。おれが参加する特別な行事なり予定はほとんど雨だった。じつはある条件さえ満たせば確実に雨になる。そういう雨男なんだ」
「それが本当ならぜひともお願いしたいところだけど、その条件って何?」西園はおもしろ半分に訊ねた。
「おれがわくわくしているってこと」
「わくわく?」
おれはうなずく。
「その日にわくわくする予定があれば、その日は必ず雨になる。ついでに言うと、楽しみであればあるほど天気は悪くなる。これが経験則で導き出した条件」
小学生のころ自分が雨男だということに気がつき、卒業するころにはその条件に気がついた。
だからおれは表情を殺し、感情を殺した。
楽しい予定に雨が降らないように。
みんなの思い出に水をささないように。
「無表情なのはそういう性質だからだ」
おれは小さくつぶやいた。特に感情も込めず。
いや、込められず、と言ったほうがいいのか。
「変な性質!」と、おれのつぶやきを吹き飛ばすように西園は言った。「でもそれじゃあ、雨にしたい日が倉内くんにとってわくわくする日であればいいのね。じゃあさっそくだけれど、今度の週末にお花見散歩したいから、わくわくする予定を入れてよ」
「言っておくけど、自分じゃそんな予定は作れない」
「だと思ったー。ということは、つまり……」
それから西園はしばらく黙ったが、やがて何かを思いついたようで表情がパッと明るくなった。
「じゃあさ、今度の日曜日、わたしとお花見デートしよ」と西園が言った。
「ほう」
「それでね、本当に雨が降ったら、相合い傘して一緒に公園を歩こ」
「ほう?」
「いいじゃない。楽しみな予定なんてないんでしょう?」
「それはそうだけど、本気か?」
というか正気か?
しかし西園は、おれに向かって微笑んだ。
「どう、わくわくする?」
おれは眉をひそめた。
ひそめたと思う、さすがのおれでも。
「言っておくけど、おれがわくわくしていなくても降るときは降るからな」
勘違いされては困るから念のためにおれは言った。
西園は相変わらずお日様のように笑っている。
「日曜日が楽しみだねー」
やれやれ。
ふつうじゃないのは、体質だけじゃない。
友達ができるのに時間がかかるわけだよ。
そしてやってきた約束の日曜日は、雨だった。空は見渡す限り厚い雨雲に覆われていて、それでいて雨は小降りという絶好のお花見日和だった。
「雨になったねー」と西園が言った。
「予報通りにな」とおれは返した。
午前11時に最寄り駅で待ち合わせ、おれと西園は北之上公園に向けて歩きはじめた。
しかも相合い傘で。
もう雨という目的は果たされたのに、なんて無駄な有言実行なんだ。
背丈を考えれば順当なのだけれど傘はおれが持つことになった。こうなることを考慮して念のために大きな傘を持ってきたのだが、「それ、UVカット機能付いてないでしょう」なんて言われて却下されたので、西園の傘をさしている。おかげで西園が濡れないように余計な気を遣うハメになった。
もっと大きな傘を持ってこいよ。
まったく、とんだすり合せだ。
「予報通りって、倉内くんがわくわくしたから雨の予報になったんでしょう?」と西園が訊ねる。
「違うね。この予定を決める前から今日は雨の予報だった。おれは週間天気予報を見るのが趣味なんだ。間違いない」
「ほんとかなあ」
「本当だよ」
まあ、ウソだけど。
やがて公園に近づき、遠目にも桜が見えるようになった。
公園の桜はここから見ても見頃だとわかる。しかし雨雲を背景とした桜は青空に比べると映えそうにないが、どうなのだろう。雨の日にじっくりと見たことがないからわからない。
「ねえ、倉内くん」と西園は表情が見えるように帽子を傾けて言った。「わたしたち、けっこういいペアだと思わない?」
おれはそっぽを向いた。
「どうだかな」
「なによー、そこはうなずいてくれてもいいじゃない。ペアだよペア。本当はコンビとでも言ったほうがいいのかもしれないけれど、雰囲気に合わせて変えたんだよ。せっかくのデートなんだからさー」
などとわめく西園を無視しておれは歩き続ける。と言っても相合い傘をしている以上、離れるわけにはいかないのだが。
本当、どうだかな、だよ。
感情を殺したおれにそんなこと聞かないでくれ。
けれどそうだな。
これからは、天気予報をこまめに見る必要があるかもしれない。
「ねえねえ。桜、すごいよー!」
西園の声に傘を上げると、目の前はもう、桜でいっぱいだった。
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