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源三郎江戸日記(弟四部)13
運び出す工夫も話すと、村上様は何処でそのような事を知られたのですかと聞くので、印旛沼の干拓、相模原の開拓じあと言うと、なる程あの難しい開発は村上様がおやりになったのです、
かと言うので、わしは少し工夫しただけで、総て人足共がやったのじあよ、ところで武田勝頼公が天目山で自害なされて、武田家は滅んだがそれまでに、産出された100万両の金は何処に、
消えたのだと聞くと、
それがしは知りませぬがと言うので、それは相模原の矢部の神社の地下に眠っているのじあろうと言うと、ギョッとした顔をしたのです、あそこの、大きなカシの木の下に空洞があるが、
そこにはしろへびが住んでいる、小さな神社があるが誰も掘り返さないように建立したのじあろうというと、それでは掘り起こされたのですかと言うので、いや、整備して神社を大きく、
して掘り起こせないようにしてある、
もしあるとすれば、竹田家再興の資金にする積もりじあろうが、ほとんどの武田家の家臣は徳川配下に組み入れられたので、必要なくなったわけじあな、あの裏側にある獅子頭はその入、
り口であろう、もつとも入り口を見つけて入っても、空洞があるだけで、金は更に奥に隠してあり、入り口は見つからぬじあろう、それをやったのは小助お前の祖先であろうと言うと、
恐れいりますと言うので、
武田勝頼殿の子孫は残っているのじあろうと聞くと、ハイ、あれから100年以上達、それがしも3代目です、又勝頼様のお子様も三代になりますと言って、小次郎と言うと、穴山小次郎に、
御座いますと挨拶するので、そなたが勝頼公から数えて4代目かと聞くと、ハイ、今は穴山の姓を名乗っていますと言うので、代々仕官していないのじあなと聞くと、ハイ、金堀集団とし、
て、
雇われて金山開発をして来ましたと言うので、大名になりたければ上様に話しをしても良いぞ、10万石は無理じあが1~2万石なら取り立ててもらえるじあろうというと、このままで良いの、
です、いまさら徳川家に奉公はいたしたくありませぬと言うので、あの隠し金はそなたの物じあ、この事は誰にも話はしておらぬというと、何故でございすますかと聞くので、そのような、
物があれば、
幕閣でも欲に目のくらんだネズミが私腹を肥やそうとするであろう、無い方が良いのじあよ、神社、仏閣はかってに掘り起こせぬので、永続に残る事になるじあろうというと、何かあれば、
村上様がお使いくださいと言うので、それはそなたの役目じあよと笑ったのです、肝付殿は今知ったが、薩摩藩でも掘り起こす事はできませぬと言うと、そんな気は御座らぬので安心しな、
されと言ったのです、
棟梁が来たので長屋の件を話し、いくら位、掛かるのか聞くと、2千両もあればと言うので、それではわしが出してやるので、直ぐにかかるのじあと言って、七衛門、2千両と米50俵、火薬、
1樽を持って来てくれと言うと、ハイと返事して船に取りに行ったのです、帰りに城下によるので国家老に総て話しておこう、そのうちに居酒屋、銭湯、女郎屋も、出来るじあろうというと、
小助が、
ハイ、銭湯は山の沢から温泉がでています、引き込んで銭湯に湯宿を作りそれなりの町に発展させますと言ったのです、米50俵は小助に寄進するので、総ての人足に分け与えよ、薩摩は米、
不足じあから手に入りにくいかもしれぬが、玄海屋の薩摩の出店の番頭に言えば、通常の値段で卸してくれるぞ、米を食わねば力も出ぬじあろうというと、小助がハイなるべく米は食わせ、
るようにしますと言ったので、
肝付殿人足の給金はケチってはいけませんぞというと、承知しておりますと言ったのです、これ位段取りしておけば良いじあろう、それでは城下に行くのでこれで失礼する、怪我人が出ぬ、
ように採掘なされと言うと、船に戻り一路錦港湾に向かったのです、錦港湾に入り城下の沖にイカリを下ろし、上陸すると巡察ご苦労様で御座ります、国家老の小松左京に御座ると言うの、
で、
金山を巡察して来ました、色々注文をつけましたがと言って、総てを話すと、承知しましたおうせの通り計らいますと言うので、適当に巡察しますのでお構いくださるなと言うと、承知し、
ました、御隋に巡察くだされ、何かあれば町奉行におうせつけくだされ、町奉行の伊藤助座衛門にございますと紹介するので、承知しましたと言うと、まずは旅籠にわらじを脱いだのです、
女将が沖に軍船が停泊していますが、薩摩様に何かあったのですかと聞くので、ダダの巡察じあよと言うと、お奉行様から失礼のないようにと言うわれていますと言うので、気は使わぬで、
良いのじあ、普通の旅客として扱えば良いと言うと、ハイ、まだ夕餉には時間がありますと言うので、町には遊び人がうろうろしていたが、あいつらはと聞くと、ヤシの元締めの菊蔵一家、
と、新吉一家の子分達ですよ、
縄張り争いをしているのですと言うので、ここもショバ代をはろうているのかと聞くと、いいえ、払っていうるのは居酒屋、料理屋、女郎屋ですよ、菊蔵一家は大隅屋、新吉一家は薩摩屋、
が後押ししているのです、両方とも廻船問屋ですが、薩摩様の荷駄の受け競争をやっていまして、ヤシの元締めが人足の手配をやっているのです、荷揚げ場所でいつももめているんですよ、
と言うので、
町奉行は仲裁しないのかと聞くと、両方とも50人以上人足を抱えていますので、おいそれとは手は出せないのですよ、冥加金も沢山納めている、みたいなので目を瞑っているのでしょう、
巡察があるのでおとなしくするようにお奉行が言ったみたいですが、ここは薩摩だ幕府が手はだせんと息まいている人足が沢山いるそうですというので、町方は何人いるのだと聞くと、
同心、手代をいれて30人位ですと言ったのです、
なるほど、それでは手は出せないなと言ったのです、それでは巡察に行くぞと言うと、町に繰り出したのです、源三郎は七衛門を連れて町をあるいていると、ごろつきが前から5人歩いて、
きて傍に来ると、見慣れない浪人だがどこへ行くとなと聞くので、何処に行こうと勝ってだろうと言うと、お前達はあの幕府の船で来たのかここは幕府の犬が来るところではごあはんと、
言うので、
お前達みたいなごろつきを叩き潰しに来たんじあよと言うと、なんじあと言うと匕首を5人が抜いたので、ばか者と言うと素早く踏み込んで刀を抜き左右に切り下げると、ぐわ~と言って、
2人が匕首を落としたので、上段から切り下げると、下帯がすぱ~と切れてうわ~と言うと前に倒れたのです、続けて切り下げると、5人は腕を抱えて転がったのです、諸国巡察視に逆ら、
うとは面白いと、
刀を首に当てて菊蔵一家の者かと聞くと、そうだと言うので、親分に言っておけ、諸国巡察視に逆らえば打ち首獄門じあ、首を貰いに行くと言うのだと言うと、立たせて早く知らせろと言、
うと、立ち上がり走って逃げたのです、これで何かを仕掛けてくるじあろうというと、七衛門がばかな連中ですねと笑うので、そこの居酒屋でまとうと言うと、居酒屋に入り酒と肴を注文、
したのです、
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