ネコ科のヒト

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私はこれまで『あなたは動物に例えるなら“ネコ”だ。』と言われる事があった。私にはそんなつもりは無いし、自覚症状も一切無いのだが、周りの反応や態度、言動からどうやらそれは間違い無いようなのだ。例えば昔からこんな事がよくあった。周りの皆んなが忙しく急いでいても自分はあまり気にならないらしく、特に合わせようともしていないそうだ。この時私はもちろん悪気も無いし、至って普通の感情なのだ。良く言えばマイペースで、悪く言えば自分勝手と言ったところだろうか。他にも自分の時間を大切にする節があって他人に物事を干渉されたり邪魔されるのが嫌なだった。そのくせに猛烈に他人に構って欲しくなる時が唐突に訪れたりして周りの人を困らせたりもする。こんな事がしょっちゅうあるので友人の間では私は“ネコっぽい人間”として位置づけられてしまっていた。そんな情緒不安定で自己中心的でマイペースな私なのだが、周りの友人達は決して私見捨てたり一人にしないでくれていて感謝の気持ちでいっぱいだ。 こんな私はある日、今のご主人様に出会った。彼は初老をとうに過ぎていたが端正な顔立ちにスラリとした長身でとても紳士的な優し人だった。私はたちまち彼に夢中になっていった。そんな私に彼は『ボクのネコになってみないかい?』と言ってきたのだ。初めは彼の話を全く信じなかったし、真にも受けていなかったが、何故か彼が嘘を言っているようには思えなかったのだ。別にネコになりたかった訳では無いのだが、私は彼の言う事に従ったのだ。次の日から私は彼から手渡されたタブレット錠剤を彼の言うように朝晩欠かさずに服用した。そして八日目の朝の事だった。この日は朝は日差しがやけに眩しく力強く感じた。朝はいつも鈍く重く感じる体は軽くて軽快に感じ、心はいつに無くスッキリしていた。そして自分の前脚の肉球を見たとき私は思わず笑ってしまった。まさか本当にネコになるとは夢にも思っていなかったし、その時の驚きと何とも言えない喪失感は今もハッキリと覚えている。だが、私ごとであるが、“ヒト”としてのわだかまりやゴタゴタ、社会から解放された今の暮らしは決して悪く無いし、ストレスを溜めたり時間に追われる事が無くてとても過ごしやすいのだ。やれやれ…。なんだか最近はボーッとすることが多くなって来たし、昔の事や周りの事、人間関係なんかを考えるのが面倒臭くなってきたな…。また眠くなってきた…。一眠りするとしよう… とある雑居ビルの一室に一人の男が入って来た。男はセレブや富豪を相手にペット商をしていて、このバイヤーの所を訪れたのは初めてだった。 「ンフフフ、どうですかこの仔は?今寝てしまいましたが最近入って来た仔で、とても大人しくて利口な仔なんですよ。」 「ホウ、確かに綺麗な毛並みと素晴らしい毛色だ。こんなネコは初めてお目にかかるが、一体どうやって仕入れをしているんだ?」ペット商の男は初めてみる種類のネコに興味を持ち惹かれていた。そんな男の顔を見てバイヤーの男はニヤリと笑みを浮かべ口を開いた。 「実はここに居るネコは全て元は“人”なんですよ。」 「何だと?それはどう言う事だ?」 「私は長年の研究と実験によって人をネコに変える方法を編み出したのです。人をネコにする事で人にも慣れていて従順で利口で器用なおとなしいネコが出来るし、容姿や骨格も自由自在にいじれます。この仔も今はまだ人の言葉を人並みに理解して解釈していますが、すぐにそちらの仔たち同じように普通のネコと何ら変わらないようになりますよ。」ペット商の男が左に視線を向けた先には数十匹のネコが六畳ほどのスペースで自由に大人しくしていて、各々の時間を過ごしていた。そのネコらの様子は普通のネコとは全く違う雰囲気が漂っていて、そのどこか異様な光景に男は臆されていたが、バイヤーの男にとっては日常の事なのか平然としていた。 「全くもって静かだな。これだけの数のネコが同じ部屋にいて窮屈なはずなのにまるで各々が協調し合い融通し合っているようだ…」バイヤーの男は飄々と言った。 「そこは元は“人”なので当然と言えば当然ですね。」そのネコらはもう昔の事は何一つ覚えていないのだった。
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