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愛しい我が子よ。
お前がこの世に生を受け、今日が丁度100日目の日。
『百日祝い』、『お食い初め』。そんな名前で呼ばれている、「子供が一生、食べ物に困る事がない様に」と、願いを込めて祝う日だ。
肉を丹念に噛み砕き、我が子の口に含んでやる。
小さな歯が生え始めた下あごを懸命に動かすその姿は、「生きよう」とする力に満ち溢れている。
―― 生きて。
私は、強く祈る。
我が子を抱きながら。
残された、この片腕で。
宇宙戦争が勃発し、地球は壊滅状態に陥った。
私と夫は、生まれたばかりの赤ん坊を連れて、自宅近くに政府が設置していた、地下簡易シェルターに逃げ込んだが、そこにはほんの僅かばかりの食料しか備蓄されていなかった。
幸い、雨水を引きこむ装置が機能していたので、水だけはなんとかなったが、すぐに訪れた『飢え』は私たちを苦しめた。
シェルターの外は、人知では解明する事の出来ない、未知の大気が充満しているので、安全が確認されるまでは決して外に出てはいけない。
そんな通信を最後に、政府からの連絡も途絶えた。
私たちは、この地下シェルターで孤立した。
赤ん坊に乳をあげる為に、母親である私はちゃんと食べなくてはいけないと、夫は自らの腕を切り落とし、私に食べるように命じた。
私は食べた。
夫の血肉を。
生きる為に。
我が子の為に。
夫を食べ尽くしてしまったその次に、私は自分の左腕を切り落とした。
今日という、我が子の祝いの日の為に。
大丈夫。まだ左足も右足もある。
幾らでも、この身をお前に差し出そう。
でも右腕は最後だ。少しでも長く、お前をこの手で抱く為に。
どうか生きておくれ。
生き抜いておくれ。
愛しい我が子よ。
《了》
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