ファインダー

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「……なんかごめんね?」  彼女はどういうわけか申し訳なさそうに俺に言う。俺はもうすぐ全てが枯れ落ちてしまう紅葉から彼女の方に向き直り、何が、と返した。 「ほら、あたしが写真撮ってばっかしだから……待たせちゃってるかもって」  言われてからああ、と納得した。俺は俺で紅葉を満喫しているつもりだったのだが、彼女には俺が退屈そうに空を仰いでいるようにでも見えたのだろう。こうなると何を言っても気を遣っていると思われてしまう。そう考えるのが彼女だ。たっぷりと間を開けてから、気にしないでとだけ告げる。これが最も可もなく不可もない言葉だと思ったから。 「……そっか! でも、あんまりあれだったら無理しないで、先行って座れるとこで休んでてね」  いやいや、だから大丈夫だって、とは言わなかった。代わりに了解とだけ告げてから、出来るだけ彼女の傍を離れないように、かつ写真を撮るのに邪魔にならないところで、景色をみるでもなく彼女を見つめるでもなく、ぼーっと突っ立っていた。  ただ勘違いしないでほしいのが、これで俺は十二分に楽しんでいる。二人で旅行に来て、知らない場所、知らない空気に包まれているというだけで、ほら。こんなにも心地良い。そこに大切な人がいればもうパーフェクト。しかも綺麗な紅葉のおまけ付き。ただ、いかんせん俺はそういうのが表情に出にくい。というか出ない。表情筋が死んでると、友人にも両親にも、もちろん彼女にも言われる。  だから彼女は、いつも俺に気を遣ってくれる。言わなくてもわかってもらえる……なんていうのはマヤカシだ。どれだけ想っていようと、信頼していようと、可能性がゼロになるわけではないから。少しだけ申し訳なく思う。それと同時に、こんな俺と一緒にいてくれて、嬉しいとも。 「お、お待たせー!!」  いつの間にかずっと向こうの方にいる彼女が、手を振りながら俺の下へ駆けてくる。ずっと目で追っていたはずなのに、少し気を緩めると彼女はすぐにいなくなってしまう。行動や仕種がまるで犬のようだ。  いや、ごめん。ぼーっとしてた。そう言うと彼女はまたしゅんと肩を落とした。 「……やっぱり退屈だったんじゃんか」  拗ねたようにぽそりと彼女は呟くと俯いて歩き出した。だから、違うって。彼女の手を繋ぎ隣に並ぶ。彼女はそれでも俯いたままだった。  見てたんだよ、ずっと。  俺が彼女の耳元で小さく呟くと、彼女は体を僅かな時間硬直させて、耳を赤くした。 「……へ、変なこと、言うな」  変なこと言ったつもりはないんだけど。  紅葉も、知らない街並みも、彼女ほど魅力的には映らない。もしかしたら、俺の目がおかしいのかもしれないけど、それならそれで一向に構わない。 「……もうちょっとだけ、待ってて。そしたら美味しいもの食べ行こ」  了解、そう応えると、彼女は俺の左胸をポンと叩いて駆け出した。首から下げているカメラが彼女に合わせて揺れている。ほら、こういうところ、雪を見てはしゃぐ犬みたいだろ。見ていて飽きない。本当に。  君の目に映る世界は、どんな色をしているんだろう。君には俺が、どんな風に見えるのだろう。そのファインダーを一度覗いてみたいと思った。  たいして寒くもないのにマフラーに顔を埋めて、彼女の少し後ろを歩いていく。
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