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そうです。吾輩が変な妖樹さんです。 趣味はのぞき。特技はセクハラ。女子のアレな感じが糧なんです。ぐへへ。 ……あいや待たれよ。引いた? ……ちょっと待った。ちょっとふざけただけです。 ちょっと待って。怒っちゃやぁよ。すんませんした。 そこのあなた落ち着いて。見限り早すぎ。この時点で有害図書指定はまだ早い。 もうちょっと我輩の言い分にも耳を傾けていただきたい。 そもそも吾輩のいるこちらの状況、まあまあ平和なファンタジー世界なのである。星が滅亡の危機に瀕しているわけでもないし、フルフェイスの世紀末覇者が徘徊しているわけでもない。火を吐く野犬や海を割る豚がうろついてたりするものの、資本主義の犬と社会主義の豚も手に手を取り合い生きているのだ。 二つの太陽がもたらす謎エネルギーが大地で妖力として滞留しつづけ、三つの月もかしましく笑いだす、妖精、妖獣、妖魔だらけの現代社会。 草花は土から飛び出して二足歩行を始めるし、沈没船も四足歩行で砂漠を横断してしまう。空飛ぶじゅうたんに乗ったおっさんを、竹から生まれた空飛ぶ美女がゴリゴリ煽って罰金食らうような社会ですもん。木だってすくすく育ちますわ。ハードモードな若木時代を乗り超えれば、やがては自我が芽生えてドリアードに進化する者も現れる。 とはいえ、吾輩のように光る雲も突き抜け、高木限界を突破するレベルまで化けたグレートドリアードはそれほどいないけれども。 そう。吾輩は現在、世界一巨大な妖樹なのです。寿命もたぶん世界一。 だがしかし、いつからだろう。土から水をちゅーちゅー吸ってばかりの毎日のせいだろうか。吾輩は退屈病を患っていた。 光合成も飽きた。天気しか変化がない。たまに来る台風の時に鳴る雷の音ぐらいしかテンションが上がらない。我輩は小学生か。スローライフってレベルじゃねえぞ。 ほのぼのすぎる毎日のせいで心が荒れていた我輩。それを救ってくれたのが亜人であった。 なんとなくわかってくれた? 吾輩がのぞいているのは、自分の体の中に住み着いた獣人たちですはい。 ちっちゃい生き物を見てるのって、なんだかほっこりするのよね。一生懸命動く姿を見てると、センチメンタルな気分になるのである。 入浴前の尻祭りだろうと、キャッキャモフモフな秘め事だろうと、それが行われているのは吾輩の手足や胴体内部の出来事なのです。 こちとら大家。ちょっとくらいの役得があっても許されていいと思うの。自分の体の中を見てるだけなんだから、単なる内科健診です。ちょっぴり含まれるスケベ心くらい見逃してくれよ。ということなのであった。 てなわけで、固いことは言いっこなし。 吾輩の愛でるビオトープで生まれる、千姿万態なお姉さんたちのアレな物語。ユーもレッツピーピング! 「ふう。完璧すぎる。香りも極上」 鼻歌の合間にひとりごとを混ぜつつ、キッチンで料理を続けている女。名前をたしか、トナといったか。 グランメゾン・フォルスト一号館と呼ばれている吾輩の体は、ムジナ族の王国イバーランドでは最大規模の分譲住宅だ。 大気の妖力を蓄え続け、山ろくを見下ろし雲海を超えて、遮るものが存在しないほど育ち尽くした大妖樹。我輩のような存在はイバーランドに点在している。 グレートドリアードの内部にできた空洞を、ムジナ族が居宅としてリフォーム後に販売。 それがグランメゾン・フォルスト。巨大妖樹のマンションなのであった。 じゃかじゃん。 地平線の先が丸くかすむほどの高層階。樹の内部に数え切れないほどある生活空間の一部、その中でもとりわけ高価な最上階フロアーの一角という、超高級の楽園に単身で引っ越してきたのが、ムジナ族の獣人トナであった。 亜人、巨人、宇宙人から半神まで。多種多様な存在が生きるこの世界の中で、ムジナ族は肉体的には弱々しいほうだ。しかし彼らは賢くて協調性が高い。尚且つ発明や工夫に長けていたため、魔物のうろつく危険な大地にリッチで安全な王国を築くまで発展していた。 人型に化けて日常を過ごすムジナ族。トナも常に人の姿に変化して生きる獣人だ。さぞかしお金を持っているのだろう。そうでなければイバーランドのステータスシンボルとも呼べるここ、世界を見渡せる天上界には住めないはず。 「うん。私が最高だから、最高の出汁が取れてしまうのね」 「なんて幸せな食材なの。私に料理されるなんて」 トナは具材におかしな声をかけながら、包丁をまな板の上で躍らせ続け、丹念に灰汁を取り味見を繰り返す。料理の下ごしらえを進める顔は真剣なので、冗談を言ってるつもりではなさそうだ。思ってることが口から漏れているらしい。 「私は特別な存在よ」 「嫁にしたいランキング第一位は確定的ね」 納得した顔のままポーズを決めているトナが、着物の袖をまくり額の汗をぬぐった。薄く優しいピンクの着物は、ムジナ族がナワバリとしている地域で取れた花を潰し、染料に用いたとみられる。 背が高く長い黒髪に涼やかな目元。着物はトナをエロくあでやかに引き立てていた。よいではないかー、と、帯をつまんでくるっくるっと回してみたい。そんな妄想が暴走するうるわしさであった。 昨日グランメゾン・フォルスト一号館に引っ越してきたトナは、てきぱきと一日で荷解きを済ませた。使い古した食器にくたびれた反物。肌着は全てボロボロで侘しく、着物だけが一張羅。吾輩は所持品の様子から、トナは金持ちだが物持ちが良い生活をしてる……一言でまとめると倹約家だと理解していた。しかし今日の午前に買い物にでかけて、両手一杯に高価な食材を抱えて戻ってきたところを見ると、太っ腹そうな一面も垣間見えた。 そして午後はずっとキッチンに立ち続けていたトナは、日の沈む時間になると、ごちそうをテーブルに次々と運び始めた。とても一人で食べるような量ではない。 推測するに、何者かを気合の入ったディナーに招待しているようである。 「これで舌を確率変動に突入させるわ」 舌が確立変動するとはどういうことなのかと吾輩が悩んでいる間にも、トナは手を止めない。皮を剝いた巨大なぶどうを贅沢に乗せたタルトをテーブルに置くと、にやりと笑い、鼻から大きく息を吐く。そして壁にかけられたマンドラゴラの根を改良したからくり時計を見あげると、満足気に頷いた。 「よし。そろそろ来る頃ね」 ふむ。吾輩の予想。 今からトナの元を訪れるらしい予定の者は、ボーイフレンドではないと思うの。テーブルの上に並ぶ料理はスイーツが多い。甘い物好きのボーイフレンドという可能性もあるが、二人で食べるには量が多すぎる。女子のグループでも部屋に招いているのであろう。パリピに引っ越した部屋を公開するついでに、自分が得意とする料理の腕前を披露したい、などという計画の気配がする。 トナはアーヴァンクの毛で編まれた買い物袋から、コケティッシュなキャンドルを取り出した。ボンテージのお姉さまが使う極太なやつではない。香りの出るアロマなキャンドルである。それを部屋のあちこちに飾り、次々と火を灯していく。トナの部屋は妖樹の内部。ほんのりと森の香りが残っている。それをキャンドルの香りが上書きしていく。 我輩にはトナの努力が蛇足に思えた。スイッチひとつで部屋は明るくなるのにと。 しかしまあ、見たところトナはリア充をアピールしようとするお年頃。ホームパーティーをやるのならばひと工夫したいというサービス精神はわからなくもない。 トナの瞳の中では、メラメラと音を放ちそうなほど炎が揺れている。承認欲求が燃え上がっているのだ。 「値切れたわね……慙愧に堪えないわっ!」 と思ったが違った。キャンドルの火を凝視しながらしょうもないこと悔やんでるだけだった。 とにもかくにも料理支度が整い一息ついたようなので、ここでひとまずトナの住まいについて、さらに詳しく解説しよう。 吾輩ことグランメゾン・フォルスト一号館は、幹の部分であるステムエリアと、そこから無数に伸びる積層の枝、ブランチエリアの二つで構成されている。 ステムエリアの最も太い部分には、数万を超えるムジナ族が住んでいる。空洞内にできた町には市場があり、安全で事故も少ない。ノームやエルフにも店貸ししてて、工房やマジックショップもあったりするが、メインはあくまでもムジナ族向け分譲住宅だ。ただ、外周に面していない住居は当然、窓は無く採光性能は低い。しかしそこは賢いムジナ族。我輩が常に大地から吸い上げて循環させている妖力を活用し、空調、照明、水まわりと、万全の住環境を作り上げた。 ブランチエリアの住居はステムエリアに比べると高額だ。理由は簡単。外が見えるため。ステムエリアから伸びるブランチエリアは、遠く離れるほど静かで窓も増えるため、間取りが狭くても人気と販売価格が上がっていく。 トナの部屋は妖樹からたくさん伸びるブランチエリアの中でも最高層にある高級住宅で窓は多い。だが時刻は夕方。窓の多くは東を向いているので、西日が天窓近辺にしか入らない。 しかし、夕映えが赤く染めている部屋はトナの設置したアロマキャンドルにより、神秘的な雰囲気に仕上げられた。サラマンダーの妖獣が脱皮した皮を加工したキャンドルホルダーグラスは、青色、桃色、緑色や、三色に分かれた虹色、それに紫色の光を放ち、モダンな内壁を照らしながら波のように揺れている。 三LDKの幻想空間を指差し「完璧」と呟いたトナ。メルヘンと蠱惑的の中間といえるコーディネートだ。 料理の腕前は上々。美のセンスもそれなり。我輩はトナからそこそこできる女の匂いを感じ取った。しかしそれを打ち消すポンコツ感があるので、嫁にしたいランキング一位は厳しいだろうと思えた。 「さっきから無礼なこと言われてるような……疲れてるのかしら」 トナが包丁を握りきょろきょろしている姿を、吾輩が見守ってる時、玄関の鈴が震えた。来客のようである。 「まあいいわ。準備OK。この私の女子力を知っておののきなさい」 着物の上に付けていたエプロンを洗濯かごの中に放り投げ、鏡で髪を整えて、帯、袖に乱れが無いことを確認したトナは、すまし顔で玄関の扉を開けた。 「こんばんは。ようこそいらっしゃいました」 突然トナの声音が高くなった。少しだけ演技らしさが入ってる。 「こんばんはトナ。うわあ着物すっごい綺麗だよ!」 「やっほー、トナっち。引っ越しおめでとー」 ドアの向こうに現われたのは女子二人組。手には贈り物のようなものもある。やはり我輩の予想は当たりだ。これから引っ越し祝いパーティーを行うつもりらしい。 トナに似て声の若い二人だが、長生きで物知りな吾輩には一瞬で正体が分かった。 まずノリが軽く背の低いほうだが……。 「銀髪おかっぱに緑の瞳。人形のようなロリ小顔とは対照的に、誰もがうらやむ大きなおっぱい。現イバーランド王の娘でありムジナ族の豊穣と呼ばれる存在。セクシーバイオレンス、メンナちゃんが遊びに来たよー」 吾輩が言おうとしてたこと先に言われた! そこはかとなく盛り気味に! ていうか自分でセクシーバイオレンスとか言う? このこ誰に向かって挨拶してるの? まるで見えない何者かに自己紹介しているかのようだ。不自然だけど……まあ細かいことはいいか。 そう。彼女こそ獣人国家イバーランドにおける太陽のような人気者、その名はメンナ皇女だ。 イバーランドの皇族は、文化や芸術の振興発展のために働くことも多く、よく人前に現われる。メンナもまたそうであり、王国のマスコット的な存在で、顔と名前は大衆に広く知れ渡っていた。 兄や姉がとても多く、皇女としては末席なので、VIPとはいえ背負う物が無い。そのせいか開放的な性格をしているともっぱらの噂だ。 「うひょー、すっごーい、超たっけー、月でっけー」 メンナははしゃぎきっていた。冗談のような乳房を揺らしながらトナの家に上がりこみ、窓にかぶりつき外を眺めている。メンナの上背では窓の位置が高すぎて届かないので、何度もジャンプしながら外を覗いている。跳ねる度に乳と一緒にスカートのフリルがぽわぽわと弾んだ。 「窓高くて見えないなー、あ、この台使お」 「ちょっとまって、それ私のお手製の文机……」 メンナが足を乗せると、トナのDIY製作らしきテーブルが真っ二つに割れた。 トナが一瞬白目になった。気に入っていたもののようだ。 「いったあ、なにこれボロい……」 「メンナ、こっちの踏み台を使ってよっ」 「お、さんきゅー」 だがすぐに復活したトナが用意した木製の踏み台にメンナが乗ると、二人の目線が同じくらいの高さになった。 「いいなートナっち。グランメゾンに一人で住めるなんて贅沢ぅ。高かったでしょここ」 「おほほほ。それほどでもありませんでしたわ」 「うらやましいなー。この自然素材をそのまま活かしてる感じがぐっとくる。メンナちゃんも住みたいよ。王城はカビ臭くってやだー」 行動も口調もやや幼い感じだが、メンナは成人してるはず。ムジナ族の外見から年齢を当てるのは難しいが、トナとメンナの親しげな雰囲気から察するに、トナの年齢も同じくらいなのかもしれない。 「メンナ。暴れて迷惑かけちゃだめでしょ」 メンナの脱ぎ倒したブーツをきちんと直した人物が言った。こちらはやや気品を感じさせる。皇女お付きの召使いに見えなくもないが、長く美しいピンク色の髪とチークの入った二重まぶた、鍛えられたよく通る声は、メンナに劣らない華やかさを放っていた。 そう。皇女メンナと同格の存在感である彼女の正体は……。 「十年前に舞台のオーディションでグランプリに選ばれ、天才少女と呼ばれた子役時代。以降も芸能界の第一線で活躍を続けてきて、最近では演劇に限らずミュージカルやオペラにまで活動の幅を広げつつある、ムジナ族の人気女優。姿を見ただけで泥棒でも自首してしまうほど清い気持ちになることから、ついた二つ名がセイントピンク。イバーランドの天使こと、セクスィービューティ、スーナーが遊びに来たわよ」 スーナーが言った。平然とすまし顔で言いきった。 ほんとにもう、この子たち何に気を使って設定を説明してるの? 唐突感ハンパなくない? スーナーはなんというか、メンナ以上に自己PRが過剰だった。二つ名と言いつつ三つほど言ってたし、セクシーという修飾語もメンナと被っている。セクシーの言い方に力が入ってたので、狙って被せてきたのだと思う。メンナには負けてられないわ、などと考えてるのかもしれない。 「芸能人は外を歩くだけでも大変でしょう。道すがら騒がれたりしなかったかしら?」 「あたしは帽子で顔隠してたから気付かれなかったけど、メンナはさすがに囲まれたね。地上の近くは人がごった返しててうんざりしたけど、上階に来るとそれほどでもなかったかな。上ってくる時のゴンドラの乗り換えのほうが手間取っちゃったくらいだよ。おじゃましますっと。うわあ、すっごい綺麗」 スーナーはキャンドルアップされたトナの部屋を眺めて、青い大きな瞳をキラキラと輝かせた。屈折した光が揺れている部屋の真ん中で、両手を広げて回転すると、ピンク髪のツインテールも美しい円を描いた。 「うふ。喜んで頂けたかしら。香りも素晴らしいでしょう」 「そうだね、鼻がすっとする。このキャンドル高級品だったんじゃないの?」 「とんでもありません。安い買い物でしたわ」 あなた数分前まで値切れば良かったと後悔してたでしょ。 何食わぬ顔をしているトナの鼻がスーナーから褒められてどんどん高くなっていく。 「これ全部トナが一人でやったの?」 「ええ。この私の初めての一人暮らしを祝いたいとおっしゃって頂けたのですもの。上流階級であるお二人にも満足して頂きたくて、ほんの少しはりきってしまいましたわ」 「へえ。いいコーディネートだね。色合いもセンスあるよ。青色、桃色、緑色や、まんぷくトリオ色、それに紫色の光がとっても鮮やか」 ちょっとまって。 さっきの虹っぽい三色キャンドルの色、そんな名前なの? 色のネーミング衝撃すぎない? まんぷくトリオ色? 吾輩が混乱していると、奥の部屋からメンナが出てきた。 「スナっちこっち来てみ。天井すっげー高い。解放感ハンパないよ」 「ほんとだ。うらやましいなあ」 「お二人ならいつ来ても歓迎しますわよ」 「まじで? じゃあ時々泊まりにきてもいい?」 「ええ。部屋は余ってますもの。飽きるまで宿泊されても構いませんわ」 「いやったぁ! 別荘ゲット!」 「こらこら。トナ、メンナを調子に乗せると本当に居ついちゃうよ」 「スナっちはそっちの窓無いとこね。メンナちゃん角の部屋とった!」 女三人寄れば姦しい。賑やかな笑い声とメンナの駆け回る足音がトナの家に響く。 我輩はペロペロと三人をピーピングした。 落ち着いたトナ。人当たりの良いスーナー。ざっくばらんな性格のメンナ。背も高い、平均、低いと分かれている。 服の個性もバラバラだ。トナはゆったりした着物、スーナーは無地なトレーナーと長めのスカート、メンナはお姫様ルック。スーナーが地味な服を着ているのは、トナの家に来るまでの顔バレを嫌ったのだろう。仕方ないことだ。それでも十分に眼福な光景である。芸能人のオーラがすごい。 「料理を暖め直してくるわね。少々おくつろぎになってて」 「ありがとう。なんかお祝いに来たあたしたちのほうが招かれたみたいで恐縮しちゃうわ」 「ふふっ。この程度、些細なおもてなしですわ」 スーナーに背を向けたトナがキッチンに向かった。横顔にはマイハウスを見せびらかすことに満足している笑みが浮かんでいた。 吾輩にはトナの心の声が聞こえた気がした。「もっと褒めてもよろしくってよ」と。 きっと、朝から手間をかけて作った料理で二人に舌鼓を打たせて、さらなる感心を勝ち取る狙いなのであろう。 そんなトナが十分に離れた時、スーナーの目つきが細くなった。 「ぷぷっ。はりきってるぅ。白鳥みたい」 むむむむむっ? 唇の片側を上げたスーナーが、底意地悪そうに毒を吐いた。口元には冷笑が浮かび、痛い子を眺める目つきをしている。 女同士の見栄やプライドがぶつかった時に飛び散る独特の空間。 一級ムジナ族ウオッチャーの吾輩は見逃さなかったのだ。 ふうむ……。 トナ会心のおもてなしは、スーナーの目には白鳥のバタ足に見えるようだ。水上の優雅な姿からは想像もつかない、醜く足掻く下半身。そんな白鳥とトナを重ねたのであろう。 さすがは女優。トナの接待がやや空回りしてることに一瞬で気付くとは。人の本性を見抜く眼力が違う。 我輩がセイントピンクの腹黒い一面にびびっていると、トナが消えたキッチンとは逆方向にある部屋の奥からメンナの声が聞こえてきた。 「六月十日。今日は下町の西にある森の奥に釣り場を見つけた。ハサミをはやした魚がたくさんいた。グロいけど干物うまし。夕食代がちょっと浮いた。六月二十九日。南の雑木林に生えていた雑草を煮びたしにしてみた。味はおいしいけど、おしっこが青くなった。月末の苦しい時はこれで乗り切ろうと思った。七月八日。セミはやはり幼虫だ。羽根も柔らかいのでそのままいける……」 メンナの不穏な朗読を聞きつけたスーナーがメンナの横に立ち、手元を覗き込んだ。 「メンナ、なにそれ」 「日記みたいだね。なんかここの壁が動いて隠し部屋がでてきたの。メンナちゃんこういうの見つけるのが得意なんだよね。お城にいっぱいあるし。ええと、八月二日。かけそばに卵をトッピングというかつてない贅沢に挑戦……」 どうやらメンナは、ナチュラルに問題を起こす役割を天命のように与えられてるらしい。 瞳孔の開いたトナが駆けてきた。キッチンから無言で駆けてきた。大胆なストライド走法で太ももを丸出しにしながら、メンナの持つ日記を奪い取った。 「ちょっとメンナ、勝手に部屋の中を荒らさないでくれない?」 「メンナちゃん荒らしてなんかないよ。ただちょっと宝さがししてただけだもん」 「トナ、その日記なに?」 「こ、これ? これはその、私のではありません。そそそそう、妹のです」 「いもうとぉ?」スーナーが嫌らしい笑みを浮かべた。楽しくて仕方ないと顔に書いてある。 「は、はい。引っ越しの時に間違って私の荷物に紛れ込んでしまったのでしょう。この私が野草や昆虫なんて食べるわけないじゃありませんか。これは後日返しておきます」 「あやしいなあ、そのキョドりかた」 「ハサミのある魚はシザーマスっていってね。寄生虫がすごいから、干物だと数年後にお腹で孵化するよー」 「ええっ!」 感電したかのように震えたトナが、メンナを見つめて固まる。 「冗談だよん。シザーマスは骨が多いから人気無いけど、昔は普通に食べられてたしー」 青ざめていたトナは、メンナにからかわれたと気付いた途端、頬をリンゴのように膨らませた。 我輩は汗を垂らすトナのことを少々気の毒に思いながらも考えた。はてさて。 日記に食べ物のことしか書くネタが無いという野性女子トナ。 令嬢風なのに小市民的。ここでそろそろ、彼女の謎を解き明かしたい。 傍若無人系の皇女メンナと、イバーランドのアイドルであるスーナー。王国でも指折りのセレブな二人を自宅に招くほど親しいトナとは、一体何者なのであろうか。 トナのことは、先日越して来たばかりの家事スキルが極めて高い着物美人としか分かってない。できる女のオーラを持つのに、どこかケチ臭い。垢が抜けきってない謎に、今迫るとしよう。 見たい。知りたい。調べたい。 そんなときはムーグル検索。 ムーグル検索とは、WWW(吾輩ワイドウェブ)と呼ばれる機能を駆使し、ムジナ族が保有している新聞雑誌や折り込みチラシ、果てはグランメゾン階下エリアの公的機関や民間企業の書類を妖術でスキャンして、関連した情報を半ば窃盗気味に一瞬で集める検索ツールのことである。 『プリンセスメンナ』『女優スーナー』『シザーマスの生息地』『食べるとおしっこが青くなる草が採れる地域』 知ったばかりの関連ワードを片っ端から集めまくると、あっという間にトナの正体が判明した。 絶大な巨体を誇る吾輩の影響で日当たりが悪い地域のことを、イバーランドでは下町と呼んでいる。地方出身者の多い地域だが、陰性植物農業や皮革製品工場があり、単純労働者に人気の場所でもある。 そんな下町で、とある貧乏家族が所有する土地から偶然にも金鉱脈が見つかった。元出稼ぎ労働者の男はすぐに土地を売り、生涯年収で千年単位の尋常ではない富を手に入れたと。 一か月ほど前の新聞記事には、金山採掘権の授与式典の様子が載っていた。プレゼンターのスーナーと、国王の使者としてメンナが登壇しており、イバーランドの建国史上最も幸運な出稼ぎ労働者として、黒髪リーゼントの中年男と、トナによく似た美女が写真に写っている。その後ろにはドレスアップしたトナが見切れていた。記事の注釈には家族とある。 なるほど。三人はこの出来事をきっかけに出会ったのだなと、我輩は思った。 親の幸運で突然シンデレラストーリーを手にしたトナが、式典にてイバーランドで粒選りのセレブであるスーナーやメンナと知り合い、親から買い与えられたマンションに招待したと。 合点がいった。トナの持つ二面性。それは庶民臭さと、自分を磨こうとしている姿勢だ。 垢ぬけてないのは当然だったのだ。富豪になったのはつい最近なのだから。 出身が下町で両親が出稼ぎ労働者だったら、二人とは格式が違い過ぎる。微妙に雰囲気が噛み合わないのは必然だ。 一気にトナの好感度アップである。セコいとか考えてほんとごめん。せめて今夜の夕食会で、二人からセレブリティとしてのたたずまいをたくさん学び取るがいい。 吾輩もこっそり彼女を応援するとしよう。
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