プロローグ

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b0d1f91a-bd56-4d5e-975c-0ea162ad15d9その乙女が歩くと大地が揺れ、腕を振ると家が風で薙ぎ払われ、 冷たい視線は文字通りの意味で人を肉の塊に切り刻んだ。 彼女は曰<いわ>く災厄と呼ばれた。 長くて白い髪、すらりとした手足、冷徹な雰囲気を身にまとった少女は どこにそんな力があるのかと思わせるような強さをしていた。 強いという生半可な言葉では片付けられないだろう。 人智を超越した存在と呼ぶのが相応しい。 彼女はその圧倒的な強さから一つの文明を破壊した。 たくさんの悲鳴が上がり、たくさんの血しぶきが上がり、 誰もがこんなはずじゃない現実に志半ばに倒れ、 大量の瓦礫と死体を築き上げた。 しかし、それを知る者はいない。 彼女のその凶行は、文明とともに流れ去っていったのだから無理もないことだった。 だが盛者必衰とはよくいったもので、そんな強大な力を持った彼女でさえ封印された。 数多の国が手を組み、彼女一人のために世界中の武力を行使する狂気。 今ではロストテクノロジーと言われるほどの強大な兵器と魔法を使い、 そして世界の99.9%の人の犠牲を払いながら、彼女は地下に幽閉されたのだ。 それだけの犠牲を払っても尚、彼女を殺すことはできず、封印するしかなかった。 何重にも魔力を張りめぐらせて乙女の能力を無効化、物理的に拘束しての少女の動きの無効化、 そして彼女の神経に特別製の針を刺しこんで魔力を流し込むことにより この世のものと思えないほどの激痛を彼女に送り続けている。 こうすることで彼女の無力化に成功したのだった。 そのままの状態で地下何百メートルに幽閉され、国により彼女のことは完全な秘匿事項となり、 彼女の存在を知る者は皆無と言っても過言ではなかった。 0d6597a8-5408-4c4d-beee-9a266f7c341d「こんなところに本当に伝説の乙女がいるんですか?」 薄暗い階段を一人の修道服を着た少女と奇妙な格好をした男が歩いている。 男の方は見た目からは男とは分からない。 全身が布で覆われており、頭まですっぽりと布に覆われているのだから。 頭の布の部分には、意味深に目の模様が描かれている。 そんな服装をしているものだから、性別を判断する基準が背格好ぐらいしかなかった。 薄暗くジメジメした石の階段はよく目を凝らすと、端の方がカビで汚れているのがわかる。 人の掃除というものを一切排除したこの階段はカビにとっては最高の場所なのだろう。 長く狭く、そして、ただひたすらに続く石段は延々に続くようにも感じられた。 「ええ。この地下奥深くに災厄<さいやく>が閉じ込められているのです」 低い声が修道服を着た少女に返事をする。 コツ…コツ…と響き続ける音に、少女は少し怯える。 会話でも出来れば幾分気分も軽くなるだろうが、 男には必要以上のことを話しかけるなという圧があり、 少女は沈黙に耐えるしかなかった。 そうして、階段を下っていくと目の前には薄汚れた扉が現れた。 男が無言でその扉を開けると、長年整備をされていなかったであろう扉は キィーと甲高い音を立てながらゆっくり開いた。 「うわぁ…」 少女は思わず絶句する。 見たことがないランプがチカチカと点灯し、 時折ゴオゥン、ゴオゥンという大きな地響きにも似た音がこだまする。 「何ですか?これ」 少女の問いかけに男は答える。 「彼女を捕まえた時に栄えていた文明のものです。 今ではその技術の大半は失われましたが、それでもこうして一部現存しているのです」 本来ならば、剣に使われるであろう金属で作られているこの部屋は 今の技術では到底作ることができないだろうと思わされる。 金属を平たく生産し、それを隙間なく並べるだけでも一苦労なのだ。 少なくとも金属を大量に鋳造し、作る技術が古代文明にはあったのだろう。 汚れてはいるが、その古代文明の技術の粋の高さが分かるというものだ。 男が壁に面したボタンを押すと扉が開き、狭い個室が現れる。 男が黙ってその個室に入るので、少女もそれに習う。 「!?」 少し待つと扉が閉まり、一瞬個室が揺れ、奇妙な浮遊感がした。 「これは古代文明のエレベーターといいます。全自動で上り下りするための装置です」 「へぇ…古代文明は進んでいたのね」 この国にもそれに似た装置があるが、もっと大掛かりなものである。 それこそ、王族や貴族の家にあっても一般大衆向けはされてない。 「そして、これを降りた先に彼女がいるのね」 少女のセリフに男はおし黙る。 沈黙は肯定の意味であると勝手に解釈して少女は黙る。 やっと…やっと会えるのだ。 修道服を着た少女エリュシエル・グラッツェルはドキドキと胸を躍らせた。 彼女は決して、そこらの小間使いなどではない。 この国では宗教というものが特別な権力を持ち、 王や貴族でさえ干渉ができないほどの特別な地位を築き上げている。 教会の中で特別な者しか入ることのできない枢教会<すうきょうかい> の最上位といっても過言ではないのがエリュシエルなのである。 枢教会<すうきょうかい>は聖女育成機関とも言われ、 国民を先導し、王国の助言役、牽いては魔法により国の防衛にも 携わるエリート機関なのだ。 孤児として教会に引き取られた彼女は幼い時分より非凡な才能を発揮し、 誰よりも純粋な心と誰よりも心神深いその様から枢教会<すうきょうかい>に入りトップに立った。 そして、兼ねてより興味のあった災厄<さいやく>と呼ばれた少女に会うことが許されたのだ。 エリュシエルが色々と想いを馳せてるうちに、 エレベーターはガタンと揺れ、重力を感じさせながら動きを止めた。 再びエレベーターのドアが開き、エリュシエルは思わず目を見開く。 とても広大な部屋にこれでもかと縄が張り巡らせ、その一本一本にとても強大な魔力を感じた。 壁には大量の紙が貼ってあり、彼女の力を無効化するのに一役買っている。 そんな絶望的な状況の中、それは居た。 居たというよりもあったといった方がいいのかもしれない。 それは厳重に皮の拘束具を身にまとい、その上から皮の紐でぎちぎちに締め上げられ、更に鎖で部屋の中央に吊り下げられている。 8daaac1f-dfb6-450e-b486-aa51f2d8ebd2その中に人が閉じ込められているなど誰が予測がつくだろうか。 しかし、エリュシエルは本能的に絶対に彼女だと確信する。 「ではこれで…」 男は一礼をするとエレベーターに乗り、その場をあとにした。 エリュシエルは胸がいっぱいになり、ロザリオを握りしめながらゆっくりと深呼吸をする。 「ごほ…ごほ…!!!」 ホコリとカビの独特な臭いを肺いっぱいに吸い込み、思い切り咳き込む。 ここは本来は人がいてはいけない場所。長い年月の間に葬り去られなければいけない場所。 ホコリとカビに満ちた空気が、ここはそういう場所なのだと再認識させてくれる。 深呼吸をして落ち着いたエリュシエルは皮の彼女であろう存在にゆっくり近づいた。
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