10話

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10話

ラグナはその日を境にエリュシエルの秘密を必死に探した。 書庫やメモ帳といったものをしらみ潰しに探したが、 それでも何も出てこない。 聖女と呼ばれる人間だ。 普通の人間ならばありそうな隙が微塵もないように感じられた。 しかし、幸いなことに自分がこの部屋を自由に出入りをしても 怪しまれない。あとは悠長に探し続ければいい。 朝のエリュシエルの部屋。 エリュシエルは着替えをし、身支度を整え、 ラグナに明るい表情を向ける。 「それじゃあ私いってくるね」 今日は仕事の都合で夜遅くにしか返ってこない。 「いってらっしゃいませ」 エリュシエルの返事にラグナは恭しく頭を下げる。 エリュシエルが去ったのを確認し、箒片手に部屋を掃除する。 箒でゴミを取り、水をバケツに入れて 濡れ雑巾であらゆるところを拭いていく。 こうして掃除をしていると無心になれて、 精神的にはとても楽に感じられた。 「ふー。」 一息をつき、再び掃除を始める。 聖女クラスにもなれば当然部屋も広い。 一部屋を掃除し終わり、次は寝室に行く。 流石に寝起きでそのまま出かけたので少し、汚れている。 ベッドシーツは乱れ、服も無造作に置かれている。 「まったく…」 腰に腕を当てて、仕方ないなぁ~とばかりに微笑むラグナ。 本来聖女になるまでの間に掃除などの基礎も徹底的に学ぶはずなのに、 少し乱れている。 エリュシエル自体は割と綺麗好きなのだが、 本人が割と時間にルーズなので朝だと片付ける時間自体が取れないのだ。 よって乱れていることのが多い。 とはいうものの、余りにも完璧だと侍女としての立場もなくなってしまうのが難しいところだ。 ベッドに転がった寝間着をどけ、まずはシーツのシワを伸ばす。 ふと枕元に、目をやると本が何冊か乱雑に積まれている。 「エリュシエル様…」 本好きなのはいいが、こうも無造作でいいのだろうかと思う。 しかし、本好きというものはこういうものなのかもしれないと 一人で勝手に納得する。 そして、実をいうとラグナ自体も割と本が好きだったりする。 興味本位に積まれた本の一冊を開く。 パラパラとめくり、そして、困惑する。 「なに…この本…?」 文字が何語なのか分からない。 ラグナ自体も語学には割と堪能でエリュシエルほどではないにしても そこそこ文字には精通している。 そのラグナが読めなかった。 およそこの世界の文明とはまるで別言語のその文字たちにただただ困惑する。 パラパラとページをめくり、しおりが挟んであるページを開く。 そこには生々しい一枚の挿絵があった。 すごく綺麗で世界を凍てつかせるような女性の絵。 その女性が世界を破壊している精密な写真だった。 この世界の写真は貴族の遊びに近い。 光を感じて記録できる材料に無理やり現実の絵を焼き付ける手法であり、 一枚をとるのに何十分もかかる上、扱いも非常に難しい。 しかし、この挿絵の写真は今にも動き出しそうで、 動いている瞬間を綺麗に切り取っているのが感じ取れる。 仮にこの世界でこんな写真が撮られたら、きっと世界中から賞賛されるだろう。 さらにパラパラとページをめくると、絵でしかありえないような写真が ページの合間合間に差し込まれている。 「っ…」 ラグナは怖くなってその本をバタンと閉じた。 ただの本一冊にここまで恐怖を怯えたのは初めてかもしれない。 読めない文字、この文明では考えることができないほどの精密な写真。 この二つの事柄から推測できることはただ一つ。 この文明よりも前にもっと高度な文明が栄えていたということ。 そして、エリュシエルがその情報を求めて本を読んでいるという事実。 ラグナは震えそうになる体を無理やり押さえ込み、部屋を走り去った。
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