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4話
いつもの部屋。
そこにいつも通り、エリュシエルとパンドラはいた。
この間掃除したばかりの部屋は経年劣化によりピカピカとは言いづらいが、
それでも綺麗で人が住んでもいいぐらいの清潔さは取り戻していた。
そしてこの日も次の業務に差し支えがない範囲で二人はおしゃべりをする。
大概はエリュシエルが仕入れてきた話題をパンドラに話して、
パンドラはそれを聞き流すのが大半だった。
それでもエリュシエルはそれで構わなかった。
彼女と話せるのが嬉しかったから。
『エリュシエルは私と話していて何かを言われたりしないの?』
「え?」
首をかしげる。
『だって災厄と呼ばれたこの私と話しているのよ?』
少し経ってから、合点が行く。
確かに冷静に考えれば、自分のような身分の者が殺されるかもしれないような
場所に来るのはおかしな話なのだ。
「そうですね。だから誰にも内緒です」
そう、国を揺るがしかねないこの行動を公にするわけにはできない。
自分には責任ある立場があり、守りたい人もいる。
だから易々とこの秘密を話すわけにはいかなった。
『なんであなたは私のことをそんなに気に入ってるの?』
その質問にエリュシエルは自分の生い立ちを話し始める。
「なんで…その私恵まれた環境の中でずっと育ってきたんです。
幼くして、親は亡くしたんですけど、それ以外はずっと幸福でした。
才能にも恵まれ、孤児院の先生、周りの仲間たち、そういった環境にも恵まれて…」
パンドラは皮の拘束具の中で頷く。
「でも…そんなときあなたのことを知ったんです。
枢協会に入って聖女候補として禁書を読む権利を得て…。
そこであなたの生き方に憧れたんです」
そんなエリュシエルの感想をパンドラは鼻で笑う。
『あなたごときの能力で随分天狗になるのね』
「パンドラさんから見たらきっと私ごときなんです。
でもだからこそあなたに会いたかったんです。
私がどれだけ努力してもかなわない存在、
パンドラさんの前では私がトップでいなくてもいいですから…」
それは天部の才を与えられた者のみに許された特権だった。
上にいけばいくほど、重圧や責任が重くのしかかる。
上に行くまでの過程が楽しくて、気がつくと自分という存在はがんじがらめに縛られていて…。
それが辛かった。
でもパンドラが隣にいて自分がトップじゃない、トップにいなくてもいい。
そんな状況を想像するとドキドキした。
「本当はこんなの間違ってるって分かってます。
でも、たくさんの世界を滅ぼしたあなたに私は救われたんです」
『私にはわからない考えね。私は常にトップでいることが普通でトップでい続けるのが当たり前だった。
トップじゃない私というのはなかなか想像に難しいわ』
それを聞いて、エリュシエルがパンドラを笑う。
「パンドラさんは強いんですね」
『意固地なだけよ。現に私はこうやって封印されている。指一本動かせずに、この部屋と共に朽ちるしかない亡霊。
例え、私がどれほど力を持っていっても今のあなたには手が出せない。そういう意味でいうなら
あなたが今もトップであることに変わりないわ』
檻に閉じ込められたライオン。牙を立てようとしてもその牙は誰かに届かない。
例え、どれだけ憎くて殺したくても八つ裂きにすることは叶わないのだ。
檻の外と中。
この二人にはそのぐらい大きな隔たりがあるのだ。
『ねぇ…。エリュシエル。あなたのことを名実ともに二番手にしてあげるわ。
私の封印を解いてくれないかしら?』
「!?」
あまりの衝撃にエリュシエルは思わず、パンドラの入った拘束具を凝視する。
「む…無理です。ここの封印は失われた秘術をふんだんに使われていて、
私ごときじゃ逆立ちしても歯が立ちません…」
ここの魔力を封じるための設備はそのぐらいにすごい。
外からの魔力供給はもちろん、中からの魔力生産さえもできないようにされていて、
その上でフダの力でその効果を何倍、何十倍にも高めている。
普通に動くことは叶えど、そういった魔法、呪術といった能力は一切できないのだ。
『普通ならば無理だと思うわ。でも私の体に刺さってる痛覚を刺激する針を一瞬無効化するぐらいならあなたにもできるわ』
「それってどういう…」
ためらっているエリュシエルにパンドラが説明をする。
『この針は常に私の痛覚を刺激し、常に死んだ方がマシと思うような激痛を走らせているの。
この針がほんの少し、ほんの少しの間だけ動かなければ私はここの封印を解くことができる。
この封印がある限り、あなたはトップを走り続けないといけないし、二番手にはなれないわ』
それが現状での真実だった。
「もし仮に…もし仮にこの封印が解けたとして、パンドラさんはこの世界を破滅させないですか…?」
仮にパンドラが全力の力を振れば、例えどれだけエリュシエルが頑張ったところで防ぐことなどできない。
この確認は必須だった。
『私が破滅させないと答えたところで、嘘を言ってるかもしれないわ。
ただ自由になりたくて、嘘を言ってるかもしれない。
そんな発言に意味などない。問題なのはあなたが私を信じてどうするかよ』
ゴクリと唾を飲み込む。
初めてきたときのような緊迫感がするような気がする。
あの時はむき出しの敵意だったが、今は親しくなった分少し柔らかい感じがする。
といってもこの選択肢はエリュシエルにとっても大きな意味を持つ。
エリュシエルはどっちに進むこともできず、ただ唖然とするばかりだった。
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