5話

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5話

「それでも…世界を破滅させないと誓ってください」 覚悟を決めた。 『だからそんなこと言わせても、私が守る保証はないわ』 「それでも、私はあなたの発言を信じるために約束して欲しいんです」 真摯な眼差しを向ける。 覚悟は決めた。あとは前進するだけ。 その背中をただ押して欲しかった。 『…誓うわ』 彼女との約束。 その約束ができたことが嬉しかった。 「今日は…準備が色々たりないから出直します。私、絶対にあなたの封印を解いてみせます」 『期待せずに待ってるわ。あなたが約束を守って、私が世界を破滅させる日を夢見て…』 「パンドラさんは約束してくれたから…絶対にしません。信頼してますから」 そう言って、エリュシエルは約束を守るため、 色々な準備をするために、その場を後にした。 それから数ヶ月。 エリュシエルはあれから様々な文献を元に、パンドラのことを研究した。 禁書を読み漁り、恐らくこんな魔術がかけられているという検討をつけ、 それに対する解法を必死の思いで会得した。 その上で普段の業務を差し支えないようにこなし、 合間合間に数式を構成し、それを曲にする。 些細なものなら臨機応変に対応できるが、今回はそうではない。 超一流の秘術に対して、挑むのに準備をしすぎるということはない。 最小の力で、最大の力を発揮できる効率性をひたすらに追い求める。 そもそもあんな結界の中で魔術を使うということ自体が酷く困難なのだ。 失われた魔術に対し、自分がどれほど通用するのか。 そういったドキドキもあるし、彼女を助けたいという思い、 助けた後どうなってしまうのだろうかという不安。 色々な感情が交錯し合う中、エリュシエルはそれを続ける。 そして、その日が来る。 いつもの場所へ来る。 パンドラがいて、お札があって… たくさんの縄や鎖が張り巡らせてあるいつもの場所。 しかし、いつもの場所をいつもと違う場所にするのだ。 『覚悟を決めたようね…』 脳内に彼女の声が響く。 「私は…あなたに救われた。だから今度は私があなたを助ける」 並並ならぬ覚悟。 エリュシエルは深呼吸を何回か繰り返し、 精神を研ぎ澄まされる。 そして、目を大きく見開き歌を歌い始めた。 古代の魔術を打ち破るための数式を刻み込んだ歌。 魔術の無効化をできる限り最小化し、自分の魔力を最小の力で最大限に発揮する。 そんな魔術を必死の思いで紡ぎ出す。 少し音程を間違えば、取り返しのつかない事態になるだろう。 冷や汗が止まらない…。 だが、エリュシエルは歌う。 彼女を、パンドラを救うために。 何小節にも渡る音階をひたすら空間に刻み込む。 「っ…」 魔力が想定よりも早い速度で吸われている。 だが、エリュシエルの決意は固い。 若くして枢教会のトップ、聖女になったほどの少女だ。 その意思はとてつもなく強い。 一度決めたことをやり抜くだけの意思と根性は並外れたものを持っている。 魔力なんていくらでも持っていけ…。 ただ、なんとしてでも目の前の災厄と呼ばれた彼女を助けさせてもらう。 心臓が早鐘のように鳴る。 血管の全てから魔力が吸い出されているのが分かる。 魔力が尽きる。それでもエリュシエルは歌い続けた。 魔力が尽きようと終わるわけにはいかない。 命の炎を魔力に変換し歌い続けた。 エリュシエルがその場で倒れる。 もはや意識も朦朧としている。 「…っ…っ…」 視線を上げる。 そこには皮の拘束具に包まれたままの彼女がいる。 そのとき、皮の拘束具が一瞬で吹き飛ぶ。 恐ろしく長い年月をその中で過ごしたパンドラはひどい悪臭を漂わせる。 そして、彼女は恐ろしく鋭い目と銀色の髪をなびかせてその場に立っていた。 長年封じられていた弱さを一切感じさせず、 禍々しいほどのオーラを纏い佇むその姿はひどく美しかった。
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