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 「今日は、ありがとうございました」  アパートの前で降ろしてもらい、柴田はそう言った。  夕暮れ、潤んだ夕日が家々の屋根を赤く染めていた。後部座席に座った梶尾は抜け殻のような状態だった。まるで、体全ての水分が抜けきったみたいに。 「また、何かあったら連絡して」と、粕谷は言った。  車が見えなくなるまでお辞儀をし、それから柴田はアパートの階段を上がった。  部屋に入り、柴田はロフトを見上げる。何か変わった様子はなかった。室内は漂白されたように白く、どこまでも清潔だった。  桜木に電話を掛けようと思った。が、向こうも今ごろバタバタしているだろうと柴田は遠慮した。  夕飯を食べ、シャワーを浴び、小ざっぱりとした気持ちで柴田はリビングに戻った。下で寝ようとも思ったが、確認の為にも柴田はロフトに上がる事にした。  電気を消し、布団に入る。夜の零時を過ぎ、一時が過ぎた。まだ変わった様子はない。天窓を眺めながら、柴田は思い返していた。  唯子はどうして、不倫相手そのものを呪わなかったのか。どうして、住民は異常な死に方で発見されたのか。どうして、住民は五ヶ月目に死ななくてはならなかったのか。  何か意味があったのだろうか?  深夜二時を過ぎた時だった。体が硬直し、ノイズのような耳鳴りが辺りに響いた。ぽたり、ぽたり。それはゆっくりと近づいてきた。ぽたり、ぽたり、雫の落ちる音。額に落ち、髪の間を滑り落ち、蛆が這うように首筋を伝っていく。  目の前、天窓には血のように赤い満月があった。  柴田は声にならない声を上げた。
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