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夜の七時になり、携帯が鳴った。
「引っ越し、無事に終わった?」
電話を掛けてきたのは桜木南だった。
「うん、いま一息ついたところ」
「手伝いに行けなくてゴメンね」と、桜木は言った。「バイトが入っちゃってさ」
「仕方ないよ」
桜木とは小学生時代からの幼馴染だった。彼女とは仲が良く、何でも話し合える間柄であったが、いわゆる色っぽい関係ではなかった。幼馴染というより、姉弟の関係性に近かった。
「部屋はどう?」桜木はそう聞いてきた。
「八畳だけど、ロフトがあるから広く感じるね」
「良かった。今度、引っ越し祝い持っていくよ」
柴田は笑う。「202号室だからね、間違えないでよ」
「202号ね」と、桜木は言った。「持ってくならレトルトとかの方がいいでしょ?」
「助かる」と、柴田は言った。「それよりさ、この部屋に何か感じる?」
「電話だけじゃ分かんないよ」
桜木は霊感とまではいかないが勘の鋭い所があった。数年前、遊びに行った河原で彼女の具合が悪くなった事があった。後に調べてみると、そこは以前、水難事故があった場所だった。
またある日、雑談中、桜木はふとある人物の名前を口にした。それはもう何年も疎遠になっていた古い友人だった。彼女自身、どうしてその人物の名前が口から出たのか不思議がっていた。
案の定というか数日後、その人の死の便りが届いた。それ以降、桜木は仲間内で幽霊関係のカナリアになっていた。
「三ヶ月しか住まないからって相談しなかったけど」と、柴田は言った。「一応は聞いておきたいでしょ」
「そう言われても、幽霊とか見えるタイプじゃないし」桜木はそう言った。「感じるってだけ。そんなに期待されても」
「でも、除霊みたいな事してたじゃん」
「あれは除霊っていうか、相手と話し合いをしただけだよ。そんな大層なものじゃないよ」
「幽霊と話し合える事自体が凄いよ」
「実際は話してないよ。声を出すこともないし。感覚の話だから」
「いや、もう十分霊能者でしょ」
「やめてよ」
「じゃあ、今度の休みにでも家に来てよ。ついでにタコ焼きパーティーでもしようよ」
「たこ焼きがメインじゃん」と、桜木は笑って言った。
雑談が終わり、電話を切りかけようとした時、思い出したかのように桜木は言った。
「事故物件を集めたサイト知ってる?気になるんだったら、確認してみたら?」
そう言い残して桜木は電話は切れた。
頭の上、金属音のような音が響いた。見ると、蛍光灯に甲虫が狂ったように衝突していた。何度も何度も。まるで、自分自身を痛めつけているかのように。
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