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 翌日、東港駅には柴田と粕谷、梶尾の三人が揃った。桜木はタイミング悪くも身内の不幸があり、この道行きには付いてこれなかった。  細身の黒色のスーツを着た梶尾典利は四十代半ば、目元の涼やかな優男だった。漂う香水、爪先の尖った靴に、彼の性格の一端が垣間見えたような気がした。  三人は粕谷の運転する車に揺られ、唯子の実家に向かった。日が昇るにつれ、車窓の景色もビル街から田園の風景に様変わりしていった。麦藁をかぶった案山子、畦道には潰れた蛙が張り付いていた。  墓地には唯子の母親が待っていた。梶尾は遠慮がちに会釈するが、母親は前を向いたまま反応を返そうとしなかった。母親は口を引き結び、男とは決して目を合わせようとはしなかった。  唯子は家族の墓に眠っていた。  墓石は奇麗に掃除され、真新しい仏花が活けられていた。線香の匂いが、春風に乗って鼻先に漂った。  梶尾は花を生け、膝を折り、謝罪の言葉を何度も繰り返した。肩を震わし、耐えきれなくなったように地面に突っ伏す。彼は長い時間そうしていた。唯子の墓の前で、いつまでも泣き続けていた。
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