短編

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短編

小さな窓から眩しいほどの太陽の明かりが差し込む中、私は雲が真下に映るその光景を楽しんでいた。 「間もなく着陸準備を始めます。座席の背もたれとテーブルを元の位置へお戻し下さい」 機内にアナウンスが流れると、私はそっと窓の外へ視線を向ける。 雲を抜け、懐かしい故郷が目に映ると、胸がジワリと熱くなった。 懐かしい、3年ぶりだなぁ。 長かったような短かったような……。 高層ビルが立ち並ぶ風景を並べる中、思い出がよみがえると、私はそっと息を吐き出した。 3年前のあの日、正直に全てを話していれば、何かが変わったのだろか。 ガタガタとの揺れに飛行機が着陸準備をしていくと、耳がキーンと遠く感じる。 「飛行機がゲートにて完全に停止するまで、お座りのままお待ちください」 滑走路を進んで行く中、シートベルトのサインが切れると、機内がざわざわとざわつき始めた。 その様子に私もシートベルトを外すと、荷物を取り出し、人の波に沿いながら降機する。 そうしてキャリーケースを引きずりながらにゲートを抜けると、目の前に大きな液晶画面が映し出された。 「ようこそ、日本へ」 その文字が流れ終わると、CMだろうか……バンドグループが映し出される。ボーカルと、ベース、ドラム、3人の組バンド。 ノリの良いJ-popらしい曲が流れ始めると、右下には【スターズ】とのバンド名が記載されてた。 到着口へやってくると、人がごった返している。 私は避難するように隅へと移動すると、近くにあったカフェへと入って行った。 壁にもたれかかり一息ついていると、ふとラジオの音が耳にとどく。 懐かしい日本語にそっと耳を傾けると、DJのイキイキした声が響いた。 「本日初めのリクエストは、3年前輝かしいデビューを飾った大人気バンドグループ(スターズ)のデビュー曲。みんな知っての通り、卒業シーズンにピッタリの別れの曲だね。それでは【it's time to say goodbye】お聞きください」 ラジオから流れるその曲に、3年前……彼らと過ごした日々がよぎると、私は聞き入るように瞳を閉じた。 ・ ・ ・ あれはまだ私が中学三年生の時だ。海外の高校へ入学する事が決まって、私は学校へも行かずに、父の職場で暇をつぶしていた。 スタジオにある機材を借りて、曲を作ったり、適当に演奏したり。 普通なら中学最後の遠足や体育祭、文化祭などで盛り上がるのだろうけれど、私には興味がなかった。 つまらない授業に、上辺だけの人間関係、生徒の顔色を窺う教師。息苦しくなるあの空間が嫌いだったんだ。 私の父はとある企業の音楽プロデューサーとして働いている。 インディーズから引き抜き、多くの人気バンドを生み出してきたやり手だ。 母は私が物心ついた時には亡くなっていた、だから母の記憶はない。 父は男手一つで私を育ててくれた。 仕事が忙しくあまり家に帰ってこないけれど、でも私は父を尊敬していたし、大好きだった。 そんな父の影響受け、私も音楽を学んでいた。ピアノにヴァイオリン、ギターに後……何だったかな。 まぁ何でもやっていた。 学校に行くより、こうやって音楽に触れている方が楽しかったんだよね。 そしてあの日、父さんが連れてきたのだろう……インディーズバンドが隣のスタジオで演奏していたんだ。 父に連れて来られるバンドはいくつもある。 目に留まったからと言って、みんながみんなメジャーへデビュー出来るわけじゃない。 このスタジオで実力をつけて、デビューへ続くオーディションを受ける権利を与えられただけ。 防音だから普段は聞こえないんだけれど、少し扉が開いていたのだろう……空いているスタジオで時間を潰していたら、彼らの奏でる音楽が聞こえてきたんだ。 ロックとジャズが入り混じた音楽に、何気なくふらふらと隣のスタジオへ顔を出すと、そこには男が二人、女が一人。 黒髪の男はボーカルだろう、優しそうな印象で、女うけがよさそうな顔立ちに、マイクを片手に、ギターを肩にかけている。 もう一人の男は金髪で、ベースを持ちヤンチャなイメージだ。 ドラムの女はショートカットでボーイッシュな感じ、スティックをクルクルと器用に回していた。 音合わせをしているのだろうか……演奏をやっては止め、何か話しながらに楽譜へ書き記していく。 時折チラチラとパソコンへ視線を向けながら、画面を指差し音を合わせていた。 そんな姿をぼうっと眺めていると、ふとボーカルの男と視線が絡む。 「あれ、君こんなところで何しているの?あーごめんごめん、ドアが空いていたんだね。うるさかったかな?」 黒髪の男は私の姿にドアを開けると、優しげな笑みを浮かべながら申し訳なさそうに頭をかいた。 「いえ、あー、練習の邪魔をしてごめんなさい。良い曲だったから……つい」 私は誤魔化す様に笑みを浮かべると、黒髪の男はとても嬉しそうに笑みを浮かべる。 その笑顔があまりに綺麗で見惚れていると、彼はサッと手を差し出した。 「そう言ってもらえると嬉しいよ。僕はケント、宜しく」 差し出された手に、私はおずおずと答えると大きな手を握り返した。 「ねぇ、一曲聞いていかない?今度のオーディションで使う予定の新曲なんだ。君もここにいるんだから、音楽が好きなんだろう?」 ケントの言葉に私は素直に頷くと、手を引かれながらに、スタジオの中へ入って行く。 「あら、可愛い子ね。ケントの知り合い?」 「いや、彼女は僕らの曲を聴きに来てくれたお客さんだよ」 ケントは優し気な笑みをドラムの女性へ向けると、彼女は手にしていたスティックを置きこちらへと近づいてくる。 「へぇ~、こんにちは、私はドラムのエミ、よろしくね」 真っすぐなその瞳を見つめていると、金髪が突然現れ、ベースの男が割り込んできた。 「俺はベースのアラタ、宜しくな」 「はい、宜しくお願いします」 明るい彼らの雰囲気に、私は深く頭を下げると、用意された椅子へと腰かけた。 そうしてスティックの合図と共に曲が始まると、私は徐に譜面を取り出し流れる曲を刻んでいく。激しいリズムなのに、聞いていて不快感がない。 むしろ耳に残るその音は、とても心地よかった。カリカリとペンを走らせる中、曲が終わると……ケントは納得できないとでもいうような表情を浮かべていた。 「なんかしっこりこないんだけど……。何だろうねぇ、この感じ」 「よくわかんねぇけど、俺は十分良いと思うぜ」 「私も同じよ。この曲ならメジャーも夢じゃないわ」 そんな彼らの様子を横目に、書き写した楽譜を見つめると、私はペンを遊ばせるように回してみる。 良い曲だけど、三小節めのここ、こうしたほうがもっと良くなりそう。 脳内に再生される音を頼りに、イメージを五線譜に書き足していくと、音楽の世界へ入り込んでいく。 ここの拍数は短めに、こっちを長くすれば……次の小節へスッキリとつながるかな。 周りの音が消え、一人黙々とペンを走らせる中、譜面に重なった影にハッと顔を上げると、そこにはケントが佇んでいた。 驚き目を丸くする中、彼は譜面をじっと見つめたかと思うと、驚いた様子で目を見開き固まった。 「君、今聞いた曲を楽譜におこしたの?……すごいな。ってちょっと待て、この修正、……こっちの方がいいね。それにこれもだ。この方がスッとする」 ケントはそうつぶやくと、マジマジと楽譜を見つめながらに、指先でリズムを刻んでいく。 「すごいじゃん。ねぇ、もうどっかのバンドに入ってるの?」 その言葉に首を横に振ると、彼は小さくガッツボーズを見せた。 「なら僕らと一緒にバンドしない?」 一緒にバンドか、面白そう。 この人たちの音楽好きだし、海外へ行くまでの間、暇つぶしにはちょうどいいか……。 飽きたら適当に抜ければいいだけだしね。 「面白そう、良いよ」 「よかった、これから宜しく。早速だけど君の名前は?」 名前か……本名だとお父さんに迷惑をかけちゃうかな。う~ん、半年ほどの付き合いだし、何でもいいか。 「アイ、宜しく」 そんな軽い気持ちで、あの時の私は彼の誘いを受けたんだ。 それから私は毎日スタジオに顔を出すようになった。 私の担当はキーボード。 みんなで演奏を合わせて、楽譜をチョコチョコいじる。 作詞作曲はケントがしているようで、彼とあれやこれやと音楽について語り合った。 そんな彼らはみんな大学生で、ケントは20歳、アラタは21歳、エミは19歳。 皆大学の軽音サークルのメンバーで、最近本格的にバンド活動を始めたんだってさ。 私もそんな彼らに会わせて、18歳の高校三年生だと嘘をついた。 さすがに中学生だと言えば、メンバーに入れてもらえないだろうし。 長居するつもりはないから、これぐらいの嘘なら問題ないよね。 しかし一つ嘘をつくと……嘘がばれないようにまた嘘をつく。 住む場所、通ってもいない高校の名前。そうして私は彼らに嘘を積み重ねていった。 あの頃の私は、彼らがどれだけ本気なのかも知らずに……どうなるかも考えず、自分勝手な事ばかりしていたんだよね。 そんな彼らとのバンド生活は思っていた以上に楽しくて、音を合わせ音楽を奏でることが毎日の楽しみになっていった。 ベースもドラムもギターもうまくて、イメージ通りの音をくれる。 そこに彼のハスキーボイスがマッチして、最高だった。 次第に彼らと仲良くなってくると、練習以外でも一緒に過ごす日が多くなった。練習後にご飯へ行ったり、大学へ遊びに行かせてもらったり。 ゲーセンやカラオケへ行ったり、エミの家へお泊りしたり。 父は最近特に仕事で忙しくて、あまり家に帰ってこない。 だから外泊しても、帰るのが遅くなっても、何の問題なかった。 話してはいないけど、私が彼らとバンドをしている事は、きっと気がついていただろう。 父が連れてきたバンドメンバーだしね。 それでも何も言ってこなかったのは……もしかしてあまり家に帰れず、私に寂しい想いをさせてしまっている罪悪感があったのかな……。 まぁ、あの頃の私は父が何も言ってこない事を良いことに、益々彼らと過ごす時間が増えていった。 そんな中で私は特にケントと仲良くなっていったんだ。 彼の音楽観と私の価値観が似ていて、話をしてると面白いんだよね。 それに優しいし、傍に居るととても落ち着くんだぁ。 よく二人で海辺に行って、即興で曲を作ってさ、海へ向かって歌ったりして……楽しかったなぁ。 そうやって過ごしていく中、ケントは私にとって家族みたいな存在になって……自分にもし兄が居たら、こんな感じだったのかなぁ、て何度も感じたよ。 そうして楽しい時間はあっという間に過ぎ去って、気が付けば5か月が過ぎていた。 4人で作り上げた新曲をオーディションに出して、一次選考が通ったとの報告を聞いた時はとても嬉しかった。 お祝いにみんなでエミの家に集まって、宴会だ~って喜びあったのはいい思い出。 寝る場所はもちろん女子と男子は別々だよ。 みんなで騒ぎ終わった後、私は用意された布団へ潜り込むと、エミがじっと私を見つめていた。 「ねぇねぇ、女子同志恋バナしましょうよ。アイは誰かと付き合った事はないの?」 「付き合う?どんな感じで?」 エミの質問に首を傾げて見せると、彼女は困った表情を浮かべていた。 「そう返ってくるか……。うーん、ならそうねぇ、告白はされた事ある?」 告白か……。中学の時に何度かあるけれど……正直恋愛とか、よくわからない。 「告白ならあるよ」 「あらぁ、でっ、どうだった?」 「どうだったって……うーん、よくわからないんだよね。だから全部断っちゃった」 「ふーん、アイは今まで好きになった人はいないの?恋人とか……?」 「好きな人に恋人か……うーん、友達の好きとその好きの違いがよくわからないんだよね。もしその気持ちがわかれば、新しい音楽が出来るのかな~」 「ふふっ、アイは本当に音楽が好きなのね。それなら身近に目を向けてみたらどう?例えば……ケントとか。彼、爽やかイケメンでしょ。とってもモテるけど、実は一途なのよ。それに甲斐性もあると思うわ」 「ケント?……うーん、ケントは好きだよ。一緒に居て落ち着くし、話していると楽しいし。でも……なんて言えばいいのかなぁ、なんか家族みたいな……そう、お兄ちゃんって感じ!私兄弟居ないから、もしお兄ちゃんがいたら、ケントみたいなお兄ちゃんがいいなぁて思うんだ」 「お兄ちゃんか……それはまた……大変ね……」 大変?どういう意味だろう?首を傾げながらに彼女へ顔を向けると、エミはなぜか苦笑いを浮かべながらに、ボスッと枕へ顔を埋めた。 「エミさんは好きな人居るの?」 「もちろんよ。猛アタックしているんだけどね、当の本人は全く気が付かないのよねぇ~」 「ほへぇ~、エミさんは優しくて美人だし、告白したら絶対に良い返事がもらえるよ!」 「ふふっ、ありがとう。そうよね……はっきり言わなきゃ伝わらないわよね。アイと同じ……彼も超が付くほど鈍感だから……」 「へぇ?どういう意味!?」 体を起こしエミを覗き込むと、彼女は優し気な笑みを浮かべ私の髪を優しく撫でた。 「気にしないで、アイはそのままでいいのよ。そろそろ寝ましょうか」 よくわからない言葉にまた首を傾げる中、手から伝わる優しい熱に、私は瞼を閉じると夢の世界へ落ちていった。 *********************** 彼女が眠ったのを確認すると、エミは体を起こし廊下へと出て行った。するとそこにはいつから居たのだろうか、ケントが気まずげに佇んでいる。 「あら、聞いてたの?」 「違うよ。聞こえたんだ」 「ふ~ん、まぁ頑張ってね。お兄ちゃん」 「はぁ……それを言うな。だけどエミもだろう。アラタには全く伝わっていないよ」 その言葉にエミは言葉を詰まらせると、ガックリと肩を落とした。 「そうね……。あんなにわかりやすくアピールしているのに……。はぁ……鈍感な人相手だと大変よねぇ」 「全くだな」 二人は疲れた様子で顔を見合わせると、深く息を吐き出した。 *********************** そうしてまたひと月が流れ、二次選考を無事に通過し、私たちのメジャーデビューの日付が決定した。 メジャーデビューのグループ名は《スターズ》しかしそこで現実が襲い掛かる。メジャーデビューの日付は、私が海外へ去った数日後だ。 一緒にデビューは出来ない。 それは最初にわかっていた事だ。 こんなに仲良くなるはずじゃなかった。ただ暇つぶし彼らと過ごせればそれでよかった。なのに……私は……。彼らの喜ぶ姿を眺める中、心には複雑な想いが渦巻いていく。 今更本当の事なんて言えない。 名前も年齢も、住む場所も、通ってる学校も何もかも嘘。正直に話せば……きっと失望されるだろう。そんな現実に耐えられない。 だから私は黙って去る事に決めたんだ。 そう決めたあの日、私は一人スタジオに残ると、譜面にペンを走らせていた。 「アイ、こんな遅くに何しているの?」 「へぇっ!?ケッ、ケントこそ、どうして……ここに?帰ったんじゃなかったの!?」 私は慌てて譜面を片付けると、誤魔化す様に笑って見せた。 「いや、アイを探してたんだ。僕たちのデビューが決まってさ、ちゃんとお礼を言ってないなぁと思って」 「お礼?なんで?」 「いや、だってさ、アイがバンドに入ってから、何もかもが順調で……曲も思い通りの音が書けるんだ。だからありがとう」 「そっ、そっか。私も……ケントと……ううん、みんなと音楽が出来て、とっても楽しい!私ケントの音楽が好きなんだ」 そうニッコリ笑みを浮かべると、ケントは照れた様子で頬を赤く染めた。 そして彼は徐に隣へ腰かけると、愁いを帯びた瞳を浮かべながらに、私の頬へと手を伸ばす。 「ほんと君は屈託ない笑みを浮かべよね。……ねぇアイ、無事にデビューしたら、君に伝えたい事があるんだ」 デビューの後か……それだと聞くことが出来ない……。 「えーと、それって今じゃダメなの?」 そう問いかけてみると、ケントは優しく私の髪をなでる。 「今はダメだ。きっとアイが混乱しちゃうしね。それで……デビューが失敗したら困るだろう」 「混乱するの?」 キョトンと首を傾げて見せると、彼はそっと目を細め優し気な瞳で私を見下ろした。 「アイ、外も暗いしそろそろ帰ろう。送って行くよ」 「あっ、ううん、大丈夫!ありがとう」 その言葉に私はカバンを握りしめると、彼から逃げるように、スタジオを去って行った。 そうして残されたわずかな時間で、私は彼らと過ごした日々を思い浮かべながらにある曲を作った。 謝罪と感謝と未来、そして別れを込めて。タイトルは【it's time to say goodbye】別れの曲。 デビューが後一週間と迫ったあの日、私は簡単な置手紙と楽譜をスタジオに置いていくと、誰に何も言わずに、そのまま海外へと飛び立ったんだ。 ・ ・ ・ 懐かしい記憶に浸る中、胸がキュッと締め付けられるように痛み始める。 人がまばらになってきた空港内で、私は深く息を吸い込み体を起こすと、荷物を受け取りに行った。きっとみんな私を探しただろうなぁ。 キーボードが突然いなくなったんだもん、今思えばとんでもなく迷惑をかけてしまっただろう。 でもあの頃の私にはわからなくて……。 スマホはすぐに解約したから、彼らが私に連絡することは出来ない。 見た目も学校に通っていた頃は、分厚い眼鏡に黒い髪、それに地味に過ごしていたから、クラスの誰も私がバンドをやっていたとは気が付いていないはず。 それに住所も名前も年齢も学園も全部嘘なんだから、見つけられるはずがない。 そうわかっていて、私は逃げたんだ。 正直に話す勇気がないのに、悲しい、寂しい、まだ一緒に居たい、そう勝手な事ばかり思っていたなぁ……。 でも時々こうやって考えるんだ。ケントは私に何を伝えようとしていたのか。 最初から正直に話していれば、何か変わったのかなとか。 罪悪感で胸が押しつぶされそうになる中、私はグッと拳を握りしめると、真っすぐに顔を上げた。 今更どう思っても、何も変わらない。 もう彼らに会うことはないのだから。 視線の先には売れっ子バンドになった彼らの姿に、自然と目頭が熱くなっていく。 あの時は本当にごめんなさい。そこに私の姿はないけれど、成功して本当に嬉しく思う。 彼らのポスターに向かってそう独りごちる中、私は空港から外へ出ると、そこには父が到着していた。 「メグミ、こっちだ」 「お父さん早いね」 「まぁな、えーと、早速だが、メグミに会わせたい人がいるんだ」 今日私が日本へ戻ってきたのは、父に呼ばれたからだ。 どうも父さん再婚を考えているようで、義母となる人を紹介したいのだとか。 母さんの記憶はあまりなし、私は父さんが幸せなら何でもいいんだけどね。 再婚すれば日本で暮らすことになるだろう、そう考え私は日本の大学を受験することに決めていた。 父に連れられホテルのレストランへやってくると、案内されたテーブルに妖麗な女性がこちらへお辞儀をしながらに立ち上がった。 「初めまして、メグミさん。ヨリコと申します」 優し気で上品な女性がニッコリと微笑む隣には、私よりも年下だろう男の子が座っている。 彼は私の姿を見るなり大きく目を見開くと、挨拶もせず軽く頭を下げ、プイッとそっぽを向いた。 「コラッ、セイジ!ちゃんと挨拶しなさい。ごめんなさいね。この子どうも緊張しているみたいで……」 女性の声に苛立つ様子を見せるが、セイジはボソボソと何かを話すと、何が気にいらないのか……ガタンッと乱暴に席へ着いた。 そんな彼を横目に私はニッ コリと笑みを浮かべると、深く頭を下げた。 「いえ、初めましてメグミと申します。こんな綺麗で上品な方が義母になってくれるなんて、とても嬉しいです」 「おぃおぃ、気が早いな。まぁ……近々な」 父さんは照れた様子を見せる中、穏やかな空気が流れると食事を勧めていった。 和やかな食事が進む中、セイジだけはずっと不機嫌なままだ。 そんな彼を見かねて、外へ連れ出してみると、ホテルのロビーへ引っ張ってきた。 「初めましてセイジ君。突然ごめんね」 「……ッッ、なんなんだよ」 「はぁ……なんでそんなに怒っているの?」 私は呆れた様子で問いかけると、彼はグッと押し黙った。 「……あんたやっぱり俺の事を覚えてないのか?」 「えっ、ごめん。どこかで会った事あるの?」 彼の姿をじっと眺めてみるも、心当たりはない。 3年間は海外にいたし、会ったとしたらそれより前……? 彼の事を見つめながらに考え込んでいると、私の質問に答える事なく、彼は一人レストランへと戻って行った。 そうして顔合わせが終わり、私は一度海外へ帰還すると、借りていたアパートを解約し、日本へ戻る準備を進めていく。 彼と会った記憶は未だに思い出せない。 そんな中、暫くすると無事再婚が決まり、私は日本へ帰ることになった。 そうして新しい新居に義母と義弟と暮らす中、生活はそこそこに順調だった。 セイジ君も渋々のようだが一緒に暮らすことを受け入れている。 義母と父は新婚でイチャイチャと微笑ましい毎日だ。 私とセイジ君はまぁ……顔を合わせたら挨拶するぐらいかな。 全く打ち解けてはいない。 未だ私が忘れていた事に怒っているのだろうか……。 そんな生活が続いたある日、突然セイジ君が私の部屋へとやってきた。 今まで一度も来たことがなかったため、戸惑いを隠せなかったが、彼を招き入れる。 「なぁ、ちょっとこの音楽きいてくれねぇか?」 私は動揺しながらも笑顔で迎え入れると、彼はノートパソコンを開いて見せた。 「これ、俺が作った曲。聞いてみて」 「良いけど、どうして私に?」 「義父さんに聞いた。音楽の事ならあんたが詳しいって」 お父さん余計な事を……。 私が昔、音楽をやっていた事は、誰にも話していない。 でもやっぱり父さんには全てばれていたんだねぇ。 彼らとバンドをやっていた事とか、黙って抜けたこととか……。 なら彼らが無事にデビュー出来たのは、きっと父さんが裏で手を回してくれたんだろう。 私は渋々ヘッドフォンを受け取ると、セイジはデスクトップにあるファイルをクリックした。 流れてくる音楽はパンクロックで、ノリのいいアップテンポな曲だ。 歌っているのはセイジだろう。 少し高い彼の声に似あう曲で、聞いていて気持ちがいい。私はそっとノートを取り出すと、流れる音楽を譜面へ起こしていく。 最後はギター音と共に曲が終了すると、彼は真剣な眼差しで私をじっと見つめていた。 「どうだった?」 「えっ、あーいい曲だと思うよ」 「そんな感想はいらねぇ!他には?」 「うーん、全体的にまとまっているし、セイジくんの声にあった音程で良いと思うんだけど……ちょっと気になるところはあったかなぁ」 私は譜面を見せると、彼は身を乗り出し凝視した。 「すごいな……、でっ、どこだ?」 「えーと、この一小節は半音下げて始めた方が演奏もそうだし、声も出しやすくなるとおもうよ。後ここは一拍あけた方がいいかな。他には……」 譜面にいくつか書き足していくと、彼は終始うんうんと頷いていた。 出来た譜面を手渡すと、彼は私の手を引っ張りながらに立ち上がり、そのままどこかへと連れていく。 リビングを通り、地下に続く階段を下ると、父さんが作らせた小さなスタジオへやってきた。 「生で聞いてくれ、また何かあったら教えてほしい」 セイジに案内されるままに椅子へ腰かけると、彼はギターを掛けマイクの前に佇んだ。ジャンッ~と弦を鳴らすと、先ほど聞いた曲を歌い始める。 私の修正をすぐに理解しやってのけるところを見ると、彼の音楽の才能は相当だろう。 先ほどの曲よりも大分聞きやすく、無理がない。 耳に残る音楽に自然と頬が緩むと、彼の歌声に耳を澄ませた。 「すごい、あんたすごいよ!ちょっとした事でこんなにも変わるんだな。これならいけるかもしれねぇ」 「ふふっ、喜んでもらえてよかった。じゃぁ行くね」 「待て、あの、……ありがとう」 照れているのか……頬を赤く染め恥ずかしそうに視線を逸らせている。 そんな姿に何だかほっと胸が熱くなると、私はニッコリと笑みを浮かべて見せた。 「いえいえ、頑張ってね」 私はスタジオを出ようとすると、セイジは楽譜を見つめたまま指でリズムを刻んでいる。 その姿にケントの姿が一瞬重なると、私はすぐに目を逸らせ逃げるように自分の部屋へと戻って行った。 そうして暫くしたある日、また弟が部屋へ突撃してくると、とても嬉しそうに笑っていた。 今度は何なのだろうか? 「聞いてくれ、あんたに見てもらった曲が最終選考まで通ったんだよ!ぜひスタジオで聞かせてくれだってさ!今まで何度も応募したけどマジ、初めてだよ!本当感謝している、ありがとう」 「おめでとう!よかったね。ところで、どこに応募したの?」 「スタープロダクションだ」 聞き覚えのある事務所名に目が点になると、私はその場で固まった。 えっ……そこって……スターズと同じ事務所だ……。 いや、でもこういったオーディションの審査を、売れっ子の彼らがするわけじゃないし。 それに3年も前だしね。 いやでも……、さっき何度も応募したと言ってたよね。 なら彼の音楽の変化に気が付く人もいるかもしれない。 うーん、よし……念のため伝えておこうかな。 「ねぇ、……ないとは思うんだけどね。もしも音楽が今までとは違う、と言われても、私の名前を絶対に出さない欲しいの。お願い」 「うん?なんでだよ。一緒にこの曲を作っただろう」 「いや、その曲はセイジ君の物で私のじゃないし。それにそういったバンドとか、苦手でね。言わないでいてくれるなら、またいつでもセイジ君の音楽聞くよ。だからね……」 そう誤魔化しながらに伝えると、セイジは納得できない様子で不貞腐れていた。 ・ ・ ・ やべぇ、緊張する。俺はバクバクと高鳴る心臓を落ち着かせるよう、大きく息を吸い込むと、名を呼ばれるのをじっと待っていた。 今日はオーディションの最終選考日。 実際に審査員の前で演奏して見てもらう。 俺はピックをギュッと握りしめると、コチコチと進む秒針をじっと眺めていた。 「セイジさん、どうぞ」 「はい!!」 空いた扉から名を呼ばれると、俺は落ち着け、落ち着け、と唱えながらに、大きく息を吸い込みながら入室していった。 中へ入ると、部屋の奥に審査員が3人座っている。 一人は年配のスーツ姿の男、中央にはプロデューサーだろう男、その隣にはスターズのボーカルケントが目に飛び込んだ。 マジかよ、ケントが審査員なんて聞いてねぇ。 嘘だろう、ヤベッ、震えてきた……。 「やぁこんにちは。僕はスターズのボーカルケント。君の曲を聞かせてもらってね、会いたかったんだ」 「あっ、ありがとうございます。光栄です!俺スターズの大ファンで!」 「あはは、ありがとう。早速だけど演奏してみてくれるかな」 俺は震える腕を何とか抑え込むと、何度も練習した曲を頭の中で鳴らしながら演奏していく。 演奏を終えると、パチパチパチと拍手が部屋に響いた。 「素晴らしいね。ところで……君は誰にアドバイスをもらったのかな?」 「へぇっ!?あっ、どうしてそう思うんですか?」 「君の曲をいくつか聞かせてもらったんだ。いつもうちに応募してくれていただろう。以前応募してきていた曲と比べて、今回の曲はとてもよくなっている。なんと言えばいいか……無理がなくなって耳に残る音楽になった感じがするんだ」 それは俺もあいつに修正してもらった時に同じ事を思ったな。 言うなと言われたけど……ここで誤魔化すのは無理だろう。 「……はい、俺の曲を聴いてもらって、ある人に少しアドバイスをもらいました」 「それは誰なんだい?今日彼女はここへは来ていないのかな?」 「あっ、来てません。ってどうして女だってわかるんですか?」 自分の失言に口を押さえるが、時すでに遅し。 「ははっ、いや、何となくかな。ねぇその女性に会うことは出来ないかな?」 「あーそれは難しいですね。すみません、本人が嫌がっていて……。本当はここで話すつもりもなかったんです」 「なら、その女性の写真とか持ってない?何でもいいんだ」 「えっ、いや、写真とかはないっすね」 食い気味に質問してくるケントの様子に疑問符が浮かぶ中、俺はギュッと拳を握りしめた。 なんであいつの事ばかりを気にするんだろう。 アドバイスをもらったけれど、曲を作ったのは俺だし、オーディションしているのは俺なのに……なんでこんな話に? 「あの……それよりも俺の曲どうでしたか?」 「あぁ、ごめん。君の曲とってもいいよ。僕は好きだ。だからぜひ僕たちのライブで歌ってみてほしい。いいかな?」 ケントは審査員の男たちへ顔を向けると、二人は深く頷いた。 「あっ、ありがとうございます!!」 俺は深く頭を下げると、高鳴る気持ちを押さえながらに退出した。 嬉しさに小さくガッツポーズをしながら廊下を進んでいると、ふと後ろからバタバタバタと足音が耳にとどく。 徐に振り返ると、そこにはケントが必死な様子でこちらへ手を振っていた。 「待って、待って。はぁ……はぁ、はぁ……ッッ」 「どっ、どうしたんですか?俺に何か……?」 「いや、さっきの話、君はデビューしたいだろう。僕たちのライブで歌えば、そこそこファンもつくと思うんだ。まぁ取引ってわけじゃないけれど……僕はどうしても君の音楽を変えたその女性について知りたい。何でもいいんだ、彼女の事を教えてくれないか?」 「どうしてそこまで気になるんですか……?」 ケントの必死さに俺は訝し気に眉を寄せると、彼は寂しそうな笑みを浮かべて見せた。 「君はスターズがメジャーデビューする前を知っているかな?」 「はい、確かインディーズの頃は4人で活動していたんですよね?それでメジャーデビューした時に3人になったとか」 「あぁ、そうだよ。でも本当は4人でデビューするはずだったんだ。でもデビューの一週間前に、突然彼女が姿を消した。曲だけを残してね……。その4人目……アイが君の傍に居る彼女かもしれないんだ。僕はどうしてもそれを確認したい。3年間ずっと探し続けていたから……。だから頼む」 ケイトの深く頭を下げる姿に、俺はひどく狼狽する。 どういう事だ?まさか……あいつが?いや……でもあいつ……バンドとかこういった事は苦手だって言ってたじゃないか。 「あいつが……スターズの一員だったって事っすか……」 彼の言葉に茫然とする中、俺はポケットへ手を伸ばすと、スマホを取り出した。メグミと書かれた電話番号を呼び出すと、コール音が響く。 「ガチャッ、もしもし、セイジ君。どうしたの?それよりもどうだったオーディションは?うまくいった?」 「まぁ……それよりもあんた今何してんの?」 「あー、今ちょうど学校の帰りで、転入手続きをしてきたの。それで寄り道して帰るところ。セイジ君と同じ高校だよ。ふふっ、ここの制服ブレザーで可愛いね」 「どこにいんの?」 「家の近くのショッピングモールだよ。どうして?」 狼狽する彼女の声に俺はギュッとスマホを握ると、ゴクリッと唾を飲み込んだ。 「なぁ……あんたスターズのメンバーだったの?」 「へぇっ!?どっ、どうしたの突然?そっ、そんな事あるはずないでしょ」 あまりにわかりやすい動揺した声に確信すると、怒りがこみあげてくる。なんで……俺がずっと目指していた場所にあんたは居たのに。実力もあって、必要とされていて、なのになんで……認めねぇんだ。 「バンドは苦手なんじゃなかったのかよ、てかなんでそこまで必死に隠そうとするんだよ!」 「えっ、あっ、いや、違うよ?あのね……えーと」 どもる彼女の様子に俺は拳を握りしめると、耳からスマホをはなした。 「そこで待ってろ。話がある」 「えっ、ちょっと、プチッ……ツーツーツー」 俺は通話を強引に切ると、ケントへと顔を向けた。 「二駅先のショッピングモールいるみたいです。一緒に行きますか?」 ケントはありがとう、とまた深く頭を下げると、俺たちはスタジオを後にした。 ・ ・ ・ ヤバイ、どうしよう、なんでばれたんだろう。 怒ってる様子だったし、オーディションで何があったのかな。 いや、今はその前にここから離れないと。 でも離れてもどこへ行く? 家に帰ったら結局はセイジ君に会っちゃうよね。 なら……うーん、どうしよう。 きられたスマホの画面を見つめながら、茫然と立ち尽くしていると、頭痛がしてくる。 はぁ……帰る場所は同じだもんね。 あの時みたいには逃げられない。 仕方がない、ここで待つか。 私は近くに見えるベンチへ向かうと、肩を落としながらに深く息を吐き出した。 噴水がある大きな広場。子供たちのはしゃぐ声を聞きながらに、じっと時計を見つめていた。 いつ来るんだろう。 そんな事を考えていると、知らない男が二人、私の前へとやってきた。 「君可愛いね、こんなところで何してるの?」 「……人を待ってます」 「えー、でも結構待ってるよね?もしかしてドタキャン?」 「俺らと一緒に遊ぼうよ」 チャラチャラとした男たちの様子に、私はまた頭痛がしてくると、首を横に振った。 「結構です。他をあたってください」 「えーなんだよ連れないな。いいじゃん、遊んでよ」 男が私の腕を強引に引っ張ると、私は振り払おうともがく。 しかし思っていた以上の力に、振りほどく事が出来ぬまま、無理矢理に立ち上がらされると、もう一人の男が逆の腕を掴んだ。 「行きません。離してください!」 そう強い口調で言い返した刹那、噴水の向こう側から、サングラスをかけた男が私の傍へやってくると、私たちの前で立ち止まった。 「やめてくれるかな。僕の連れなんだけど」 聞きなれたその声にハッと顔を上げると、彼は私を抱き寄せ、男二人から引きはがす。 二人はチッと舌打ちをしたかとおもうと、そのまま不貞腐れた様子で離れていった。 私は茫然とサングラスの男を見上げていると、彼はサングラスを徐に外す。するとそこにはあの頃と変わらない、優しい彼の笑みが浮かび上がった。 「久しぶりだね、アイ。やっと見つけた」 「あっ、えっ……嘘でしょ。どうして……?」 あまりの衝撃に言葉を失うと、私はパクパクと口を開いていた。 「メグミ、ちゃんと説明してもらうからな」 彼の後ろからセイジが顔を出すと、不機嫌な様子で私を睨みつけている。 「へぇー、メグミって言うんだね。それにその恰好、まだ高校生なのか……」 彼の言葉に熱が引いていく中、私は咄嗟に彼の胸を突き飛ばすと、逃げようと足掻く。 しかし彼は私の腕を易々と捕らえると、思いっきりに抱き寄せた。 「逃がさないよ。アイ……いやメグミちゃんの事、ちゃんと教えてくれるかな?今度は嘘なしでね」 彼は抱く腕に力を入れると、逃がさないと言わんばかりに抱きしめる。 あぁ……見つかってしまった……。 私は体から力を抜き観念し頷くと、セイジとケントを連れて、スタジオへと向かっていったのだった。 懐かしいスタジオへやってくると、彼らと共に過ごしたあの部屋へと案内された。 3年前と変わらないその風景の中に、アラタとエミの姿が目に映る。 「どうして……?」 「僕が呼んだんよ。みんなアイの事を心配していたからね」 ケントの言葉に私は気まずげに頭を垂れると、背中を押されるままにmグイグイと中へ押し込まれていく。 「アイ!!!どこに居たの?突然いなくなって心配したのよ」 「おかえり、アイ。元気そうでよかった」 エミはこちらへ駆け寄ってくると、私をギュッと抱きしめた。 懐かしいエミの匂いに、瞳に涙が浮かんでくる。 もう二度と会うことは出来ないと思っていたのに……。 「うぅ……ごめんなさい、ごめんなさい」 私はエミの胸に顔を埋めると、縋るようにしがみ付いた。 「全くあなたって子は……でもまた会えて嬉しいわ」 そうして涙がとめどなく流れ落ちる中、私は今までの事、彼らについた嘘、想い全てをゆっくりと吐き出していった。 「話はわかったわ。あの時まだ中三だったなんて信じらないわね」 「そのまま海外へ留学か、そりゃ見つからねぇわけだ」 アラタとエミは呆れた様子で顔を見合わせる中、私は怯えるように身を縮こませていた。 「……ごめんなさい」 そんな私の様子にケントが後ろから私を捕まえると、なぜか抱き上げられる。そのまま膝の上に下ろされると、彼の吐息が耳にかかった。 「全部本当?もう嘘はない?」 「うん、もうないよ。ごめんなさい」 「いや、年齢の辺りちゃんと知れてよかったよ。あのままだと僕は犯罪者になってたかもしれない」 「どういう意味?」 私はケントへ振り返ると、なぜかセイジが焦った様子でこちらへとやってきた。 「近すぎだろう!メグミ、ケントさんから離れろ!」 「えぇっ、くっついてきてるのはケントだよ。どうしたのセイジ君?」 「あー、もう」 セイジは苛立ちながら強引に私の手を引き寄せる中、ケントは解放する気がないのか……私を抱きしめる腕を強めた。 そんな彼の様子にセイジはムッと眉を顰めると、私を強く睨みつける。 彼とにらみ合う中、ケントは私を覗き込むように視線を向けると、笑みを浮かべたまま真っすぐに私を見つめた。 「ところでアイ、彼とはどんな関係なのかな?」 「えっ、あー、義弟なんだ。私の父が再婚してね。それで……」 私はそうボソボソと話すと、ケントは嬉しそうに笑って見せる。 「そっか、安心した。ねぇアイ、デビューしたら話したい事があるって僕が言った事を覚えてる?」 ケントの言葉に素直に頷くと、彼の瞳をじっと見つめ返す。 「覚えてる。だけどもう聞くことは出来ないと思ってた。確か……驚く事なんだよね?……あの時何を言おうとしていたの?」 そう改めて問いかけてみると、ケントはそっと耳元へ唇を寄せる。 「それはね……、僕はアイの事が好きだ……今も昔も変わらずに愛しているよ」 突然の甘い告白に目が点になると、ケントはニッコリと優しい笑みを浮かべて見せる。 何も反応することが出来ないままに固まっていると、セイジが横から割り込んできた。 「なっ、なっ、こんなとこで何言ってるんですか!?」 「さっさと言わないと、また逃げられても困るからね。アイ、返事はまだいいよ。きっと兄のままだろうからね。ちゃんと僕の事を男として意識してくれるだけで今は十分」 頬に熱が高まる中、私は慌てて彼から離れると、エミの傍へと駆け寄った。 エミはやっと言ったわね、と小さくつぶやく声に立ち止まると、私は恐る恐るに顔をあげる。 「エミさん、知ってたの……?」 「はぁ……、あいつの気持ちに気づいていなかったのはアイだけよ」 うぅぅ……。 予想だにしていなかった事に、嬉しいやら恥ずかしいやら、どうすればいいのか……複雑な思いが渦巻いていく。 私はどうすることも出来ぬままに、立ち尽くすと、恐る恐るに後ろを振り返った。 「あの……えーと、その……」 「ははっ、覚悟してね、アイ」 そう満面の笑みで話すケイトの姿に、私は逃げるようにエミの後ろへ身を顰めると縮こまる。 そんな私の様子にエミとアラタは肩を揺らして笑う中、セイジはなぜか焦った様子でケントに突っかかっていた。 顔を真っ赤にしたままに、改めて彼の姿を眺める中、三年前と同じ……温かい気持ちが胸にこみ上げてくる。もう二度と戻れないと思っていた場所に、戻ってきたのだとそう思うと、熱い想いで胸がいっぱいになっていった。 そうして二人は。 それはまた別のお話で。
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