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第三章 南洋処刑
「たどり着いたぜ!」
耳元の大声に、パトリシアは思わず身を小さくした。鷗島を目視できるようになり、海賊たちは浮足立っていた。
海賊。
そう、パトリシアが夢見ていたお宝は、もとは海賊フスマインが生涯かけて集めた物だった。その情報を、パトリックの祖父が孫に伝えたように、パトリックの祖父を追いかけていたフスマインの仲間も、地図の話を言い伝えていて。
鷗島の話から二日後、『海の喜び』号は、あのとき隣に係留されていた大型の快速船に追いつかれ、追いつかれたと思ったら、快速船から次々に現れた海賊たちにパトリックとパトリシアは取り囲まれ、地図を取り上げられ、捕縛され、大きな砲台が並ぶ船底に転がされていたのだった。『海の喜び』号は、港にいた時から監視されていたのだ。
「金貨七千枚のお宝だぜ」
「宝石もたんまりあるって話だ」
ちょっとどういうことよ、お宝が二千枚も増えてるわよ。パトリシアはパトリックを軽く蹴ったが、パトリックは首を振る。パトリックの祖父は五千枚としか伝えていないのだ。
「あの島は木が二本あるだけの小せえ島だ」
「お宝を隠すには、まずその木の根元だな」
「違いねえ」
海賊たちは口々に言い合って、地図を広げ、神聖文字を読み解こうとしたが、
「わからねえな」
「まあ、別にかまわねえ。もうお宝はすぐそこだ」
地図は乱暴に投げ捨てられ、パトリックの顔の横に落ちる。
「おっと、お宝の前にお楽しみがあるじゃねえか」
「なあ、お二人さん」
海賊たちはにやにやとパトリックとパトリシアを見下ろす。
「素人が伝説の海賊の宝に手を出そうなんてふざけやがって。海賊流に処刑してやるよ」
「処刑の時間だ!」
大げさに声を張って、片目の海賊がパトリックとパトリシアをまとめて縄で縛り、長い一枚板に無理やり登らせた。
「先へ歩け」
「さっさと行け」
パトリシアは足を止めてどうにか板の端に留まろうとしたが、短銃を突き付けられてあきらめ、恐怖に震えながらじりじりと海へ突き出した先端へ進む。
「パトリックの馬鹿―! どうすんのよ?!」
「どうしようもないだろう……この状況は」
眼下には紺碧の熱帯の海が広がる。澄んだ水を通して、巨大な魚影がいくつも行き交っているのが、涙目でも確認できた。足元の一枚板は二人の荷重にぎっしぎっしときしみながら、もう限界に達しようとしている。
「おらおら、もっと歩け!」
「こっから狙い撃ちしてやってもいいんだぞ!」
一枚板が伸びている端、船体につながっている部分には野卑な笑みを浮かべた海賊たちが集まり、たわむ板の先端で震えている二人をはやしたてる。パトリシアの長い茶色の三つ編みがぶらぶらと揺れた。
「パトリック! あんた、なんとかしなさいよ! 今のわたしは無力なんだから」
「いや、今この瞬間はどうしようもない、少し時間が欲しいな、パトリシア」
まとめて一緒に腰を縄で縛られている少年からいつもどおりの平静な答えが戻ってくるが、パトリシアはそんな答えは聞きたくなかった。海賊船上で公開処刑の真っ最中。いったい、なぜこんなことに。自分は堅実が信条の勤勉な少女だというのに、なぜ、こんな派手な死にざまを晒す羽目になっているのだ?
それもこれも、そもそも。
「なにが、『どん詰まりの人生を逆転させませんか』よ! 今がもう、人生のどん詰まりじゃないのよ!」
逆上したパトリシアの言葉に、ふと、パトリックが少し笑った。
「いやいや、まだまだ」
「まだまだ?! どういう意味?!」
「こういう意味だ」
パトリックの足が勢い良く、板を蹴った。二人は真っ逆さまに海へ、鮫の大群が泳ぎ回る南の海へ落ちる。
「ぎゃああああ!」
濁音まみれの悲鳴をあげて、パトリシアは海面を突き抜けた。一瞬、水面下を見た気がしたが、すぐに浮上する。
「動くな、パトリシア。あと少しなんだ」
立ち泳ぎしながら、少年が鋭く命じた。
「な、なんで、飛び降り」
「鮫は振動と匂いに反応する。動けば動くだけ呼び寄せるぞ」
「う、うう」
海水を飲みながら、パトリシアはどうにか不自由な両手を開き、立ち泳ぎを試みる。だが、無理だった。沈むしかない。もう駄目だ、ここで自分は死ぬのだ。
パトリシアは意識が遠のくのを自覚した。
次の瞬間、『海の喜び』号とつながっていた快速船の横腹が勢いよく爆発した。爆発は砲台を伝って連続し、快速船が木端微塵に崩壊していく。船端で少年と少女が沈むのを見届けようと身を乗り出していた海賊たちが、転がりながら海へ落ちていく。
「今だ、パトリシア、俺の胸の小袋を開けてあいつらめがけて投げろ!」
「えええっ」
かろうじて爪先でひっかかった紐を引き、パトリシアはパトリックが言ったとおり、小袋を不自由な両手でできる限りの力で投げた。
小袋はあの片目の海賊の頭に当たって海に落ちる。その刹那、鮫が一斉に海賊めがけて突進した。水が沸騰するように、鮫の群れに海賊たちが飲まれていく。
「な、なんなの?!」
「鶏の血だよ」
パトリックは少しずつ島の方へ静かに進みながら、説明した。
「南洋には鮫がいる。島が鮫に囲まれていることは予想できた。だから鮫除けの血を用意しておいたんだ」
「で、でも、なんでいきなり爆発……」
「『海の喜び』号だ」
パトリックは簡単に答えた。
「『海の喜び』号は毎日水漏れを点検しないと水が入る。船底に積んでいた石灰が水に反応して熱を持ち、火薬に引火したんだ。宝探しをしていたら、いつかは『海の喜び』号を使って危険に対応することになると思っていた」
「ということは、わたしは危険物の上で料理したり、寝たりしてたってこと?!」
「まあ、そうなる」
「ふざけるな!」
やがて、足先が海底に触れた。少年と少女はよろめきながら、白砂の海底を上り、鷗島の波打ち際に力尽きて寝転がった。
ふたりの頭上で見知らぬ海鳥が鳴き騒ぐ。
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