プリンシパル

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「あなた、今日はナナミのこと、宜しくね。」 妻がトレンチコートを羽織りながら言った。今日は土曜日で、娘のナナミのお遊戯会がある。妻は午前中どうしても仕事に出なければならず、お遊戯会の始まる午後に幼稚園で合流することになった。 「オーケイ。」 私は二つ返事で引き受ける。育メンを自負していた私としては、久しぶりにナナミと2人で過ごす時間が出来て内心嬉しかった。 ナナミはもう5歳になる。私と妻は交互に育休をとって、そして今は2人とも会社に復帰していた。だからナナミと2人きりで過ごす時間は、育休の期間と比べれば、随分少なくなっていた。そのことで私としては寂しい思いをしていたみたいだ。 私が独りの朝食を終えると、ナナミが瞼を擦りながらパジャマのまま階段を降りてきた。 「お腹空いた〜。」 艶々とした細い髪の毛をくちゃくちゃにして、ナナミは私には言った。 「パンと、ほら、ナナミの好きなマーマレードもあるよ。」 私はナナミを抱き上げて、椅子に座らせる。マーマレードが好きだなんて、幼稚園児のくせに生意気なことを言う娘を、しかし私は愛おしく思う。愛おしくて、愛おしくて、ついつい娘を甘やかすのは男親の宿命だろうか。パジャマのまま朝食を食べるのは妻が固く禁じていたが、私は何も言わずに娘の分のトーストにマーマレードを塗ってやった。 私は娘を甘やかして、妻は娘を律する。我が家の家父長は凡そ妻であるように思える。 多分娘もそれと分かっていて、わざとパジャマ姿で降りてきたに違いない。 子育てにはプリンシパルが必要だと妻は言った。ルールはルール。原則は原則。教育にはそういう融通のなさが必要らしい。そうでなければ、子供は迷ってしまう。昨日して良かったことが、今日はダメになったり。今日してダメだったとが、明日は良くなったり。じゃあ一体何が正しいの? だから、私は妻が育休中に定めたルールを概ね遵守して、ナナミを育てた。私の育休期間と、妻の育休期間とで、プリンシパルが揺らがないように随分と気を遣ったものだ。
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