何年目?

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「凄く上手だったね。将来は女優さんかな?」 妻は娘の手を引いて、私と同じことを嬉しそうに言った。 「だけど、泣かなくても良いのにねぇ。」 また妻はナナミに向かって言う。私の涙目には別の理由がある。情けない。 その日は外食にして、近所のファミレスで食事を済ませると、私たちは我が家へ戻った。ナナミは疲れたのか、私がお風呂に入れてやると、直ぐに眠ってしまった。 私はこっそり書斎に入る。明かりを点けると、やはり机の下に隠してあったゴルフクラブがなくなっている。万事休す。 私は覚悟を決めて、武士の如く土下座をして謝ろうと、妻のいるであろうリビングに向かった。 なに、そこまでしなくても、案外笑って許してくれるかも知れない。妻も最近はゴルフを始めようかしらなんて言っていたし、その辺りは理解してくれるではないか。私は躊躇いながらも、リビングのドアノブに手をかける。 すると、ドアの向こうで、ゴルフのスイングをする音が聞こえた。勢いに任せて風を切る、そんな暴力的な音だ。 クラブを振っているのは、妻だった。 私の頭の中に撲殺された哀れな港区の男性の顔が思い浮かぶ。私は一度括った腹を再び緩めた。このまま逃げ出してしまった方が良いのではないか?幸せな家庭は、どんな些細なきっかけも不幸になり得る。私がこのままリビングに入れば、仮想上の不幸は正に現実となって頭の上に振り下ろされるのだ。
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